* 卒業後、嵐さんがバンビさんを押し倒す話。直接的な表現はありませんが、それとなくそういう雰囲気です。






スカートの裾










 短めの赤いスカートに、キャミソール。そして胸元には、嵐さんからもらったペンダント。
 デートだから精一杯おめかししてきただけなのに。
 どうしてこんなことになったんだろう?


 今日は高校を卒業してから――嵐さんと付き合い出してから初めてのおうちデートの日。嵐さんの部屋で、私は彼と並んで座っていた。
 嵐さんは学内の選考会が近いとかで、同級生の動きをまとめたDVDを見ている。
「まだレギュラーになれるかどうかわかんねぇけど」と呟きながら画面を見つめるその瞳は真剣そのもの。内々で行われる参考程度の試合とはいえちゃんと研究するのが嵐さんらしい。
 彼は画面を食い入るように見つめている、のはいいのだけれど。
 私の膝の上には、嵐さんの手が。
 わざとなのだろうか。いやいや、きっと何も考えてないに違いない。「あ、悪ぃ」とでも言って終わり。そう思うと、自意識過剰みたいで指摘することすらためらってしまう。
 何でもないことなんだと、自分の気持ちを落ち着けようとする。気にしたら負け。そう思って、DVDの画面に集中しようとする。
「あっこの人、大門高校の」
「そ。元主将」
 けれどそう思えば思うほど、膝の上の手の感触が気になってしまう。温かくてしっかりした手が、私の膝の上に。むしろ膝、というより太ももに近い。体が熱くなってくる。
 ちら、と彼を見やる。その視線に気づいたのか、嵐さんはこちらを向いた。その顔は平常心そのもの。
「どうした?」
「ううん……なんでも……」
 やっぱり何でもない。嵐さんにとってはただの何気ない動作で、私の自意識過剰だったんだ。

 そう思ったのもつかの間。嵐さんはDVDの再生を止めた。
 そして私の耳に顔を寄せささやく。
「みじけぇスカート」
「えっ!?」
 私は混乱した。今、なんて。スカート? 短い……って? じゃあ膝の上に手を置いていたのは、わざと?
 そんな一瞬の隙に、嵐さんは私の肩を掴む。そしてゆっくりとじゅうたんの上に押し倒した。何が起こっているのか、頭がついてこない。
「言ったよな? 俺に押し倒されないように気をつけろ、って」
 私は必死でうなずく。言った、確かに言ってた。
「そうだけど……でも、それはお付き合いをする前の話で……っ」
「じゃあ、いいんか?」
 嵐さんの目がぎらりと光る。試合中の研ぎ澄まされた表情とも違う。獲物を捕えた野獣のよう。
「ええと、その」
「うん」
「あの……」
 頭が真っ白になってくる。何か言わなきゃ。
 その間も嵐さんは距離をじりじりと詰めてきた。彼の真剣な瞳に捕えられたまま、私は動くことができない。
 嵐さんは両手を床についた体勢を崩した。床に肘をつき、私の首に手を回してくる。体が密着し、まるで抱きかかえられたような格好になる。
 今までこんな風に抱きしめられたことなんてなかったから、ドキドキしてしまう。嵐さんの体温と心臓の鼓動が伝わってくる。

 私は耐えかねて顔を隠す。そしてもごもごと口ごもった。
「あのっ。私こういうの初めてで」
「うん」
「だから……その、優しくしてください」
 口から出たのは使い古された常套句そのもの。
 しばらく、場がしんと静まり返った。顔が熱くなってくるのがわかる。
 嵐さんの反応が気になるけれど、恥ずかしくて顔を隠したまま手をどかすことができない。ひょっとしたらこういう意味じゃなかったのかもしれない。私の勘違いだったのかも。
 わかった、という声がひどく遠くから聞こえたような気がした。
 そして手を掴まれる。隠していた顔があらわになり、視界が開ける。
 そこには上気した嵐さんの顔があった。めったに見られない顔に、瞳を奪われる。
「できるだけ優しくすっから、怖かったらちゃんと言えよ?」
 私はこっくりとうなずく。勘違いじゃなかったんだと少しほっとする。それと同時に、やっぱり本当にしちゃうんだ! という気持ちがごちゃまぜになる。どうしよう、嵐さんはああ言ったけど、やっぱりちょっと怖い。
 と、その顔が近づいてきて、私は自然と目を閉じた。唇に温かい感触が触れる。しばらくその感触に酔っていると、かぷ、と噛み付かれて私は思わず目を見開いた。
「! ……もうっ」
 抗議の声を上げると、嵐さんは「悪ぃ」と弁解しながら軽く笑う。まったく悪いと思ってないということぐらい長年の付き合いでわかる。とはいえそんな悪ふざけで、緊張も少し和らいだ。
 わき腹をぎゅうっとつねると、嵐さんは息を飲んでぴくりと反応する。私だけが知っている弱点だ。
「ふふっ。お返し……きゃっ!」
「やったな?」
 お返しとばかりにわき腹をくすぐられ、身をよじらせた。逃れようにも、嵐さんの体がのしかかったままで抵抗できるわけがない。くすぐったいだけじゃない、どこかふわふわした変な気分になってくる。

 スカートの裾がぺら、とめくれ上がる。太ももに嵐さんの手が触れ、私は身をすくませる。やっぱり――ちょっと怖い。緊張してぎゅうっと目をつぶったところで、ぴたりと彼の手が止まった。
 目を開くと、嵐さんのひどく真剣な顔がそこにはあった。
「俺からも言っとく。一生大事にするから。絶対」
「……はい」
 そして再び、唇が触れた。
 その言葉だけで充分だった。彼は有言実行の人だと知っていたから。高校三年間一緒にいて、ずっと見てきたから。
 好き。と聞こえるか聞こえないかぐらいの声でそっと呟き、キスを返した。

 その途端。嵐さんが私の口元に食いついた。今までのキスとは違う、熱烈な質量をもったキス。口の中にぬるりと温かな感触が入ってくる。そして何度も何度も、唇を重ね合わせる。
「悪ぃ。止まんねぇかも」
 ええっ。ええええーーー!? さっきと言う事が違う!
 私はじたばたともがいた。けれど手をそっと握り締められ、抵抗する気力を失う。時々すごいことも言うけれど、ちゃんと気遣ってくれることも知ってる。
 息をする暇もなく、彼の熱に飲み込まれながら、私は嵐さんのシャツをぎゅっと握りしめた。
「ずっ……ずるいっ」
 何とか唇の隙間を作り抗議すると、嵐さんは悪い顔で笑った。







2016.09.29

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