はじめてのおべんとう











「不二山くん、最近何か欲しい物ある?」
「欲しいもの? 新入部員。あとは柔道部の設備がもっと充実すれば出来ることが増えるんだけど、ぜいたく言ってらんねーし」
「うーん、そういうのじゃなくて。お店に売ってる物とか、気になってる食べ物とか」
「じゃあ弁当が食いてえ。おまえが作ったやつ」
「えっお弁当?」


 夏の終わり。日が落ちてしまえばだいぶ過ごしやすくなってきたとはいえ、まだまだ蒸し暑い。
 今日も部活は終わり。部室の掃除をし、部屋の中を確認して窓を閉め、鍵をかける。そして帰り支度を終えて外で待っている不二山くんに声をかけた。
 数日後には不二山くんの誕生日が控えていたから、リサーチのつもりで軽く聞いてみただけなんだけど。お弁当、という予想外の返事に戸惑った。
 私はしばらく悩んだ。本当は何かプレゼントを用意しようと思ったんだけど、他にぴんとくるようなものもないし。どうしたらいいんだろう?

 ぼんやりと悩んでいたら、あっという間に九月八日。不二山くんの誕生日当日がやってきた。
 私はそわそわして落ち着かない。いつもより早起きしてお弁当を作ってきちゃったけど、いつ渡したらいいのかな。喜んでくれるかな。そもそも受け取ってくれるのかな?
 そうして午前中の授業も終わり、お昼休み。教室はいつも以上ににぎやかだった。
「よ! 不二山、パンやるよ」
 授業が終わってすぐ、小川くんが不二山くんのところにさっと歩み寄った。そして購買のパンを顔面に押し付けるようにして渡していく。
「……いいんか?」
「おまえ今日誕生日だろ」
 不二山くんはしばらく呆然として「そっか」とつぶやいた。
「おまえ、まさか忘れてたわけじゃねえよな?」
「忘れてた」
「ええー! 不二山今日誕生日なの? じゃああたしからもあげる」
 と絡んでいったのは石田さんだ。なにやら鞄からごそごそと取り出して、一口サイズのお菓子を渡している。それが呼び水となって、パン、お菓子など、彼の腕の中にいろんな人からのプレゼントが山と積まれていった。
 私もプレゼントを渡しに行こうと思ったけれど、その光景を見つめたまま立ち上がることができない。お弁当なんて作ってきちゃったけど、あの中で渡すのはどう考えても浮いていた。やっぱり……早まったかも。
「不二山、飯行こうぜ」
 まごまごしていると、小川くんが肩を組んだ。ああ、行ってしまう。
「あっ……」
 うっかり声がもれ出る。それが聞こえたのか、彼はくるりと振り返った。ばっちり目が合ってしまい、どきりとする。

「お、お誕生日おめでとう」
「押忍。どうもな」
「プレゼント、すごいね」
 いろんな人と仲良くしてて、人気者で。予想以上だった。笑ってみせたものの、内心複雑だった。
「ああ……」
 不二山くんにしては珍しく口ごもった後、こう言った。
「おまえ、今日が俺の誕生日だって知ってた?」
「うん。……あの、それで、お弁当」
 今度は私が口ごもる番だった。どうしよう、やっぱり突然お弁当なんて渡されたら迷惑、だよね。
「ん? どうした?」
 よく聞き取れなかったらしく、彼はぐい、と距離をつめてきた。男の子にしては意外とまつげが長い。と、そうじゃなくて。近い! 近いよ不二山くん!
「あの、お弁当作ってきたの!」
 そう言い、大きなお弁当箱を突き出した。やけだった。
「……マジで!?」
 不二山くんのいやに驚いた顔。
 驚いたのは彼だけじゃなかった。隣では小川くんが歓声を上げる。あっという間にクラスメイトから注目を集めてしまう。
「マジかよ! おまえらデキてんのかよ」
「えー小波さん、不二山にお弁当作ってきたの? やる〜」
 小川くんをはじめ、クラスメイトの冷やかし。これは……ひょっとして。やっちゃったかも。自分でも顔が真っ赤になっていくのがわかる。
 それに小川くんたちとお昼食べるみたいだったし。私のお弁当なんていらなかったよね。とっても恥ずかしかった。
「でも自分のお弁当持ってきたよね? 気にしないで」
 私はむりやり笑顔を浮かべて手を引っ込める。お弁当は放課後食べればいいや。いつもよりちょっとしょっぱいかもしれないけど。
 けれど、私がお弁当をひっこめようとするより早く、不二山くんがお弁当を掴んでいた。
「あの……」
「弁当、食う。俺に作ってくれたんだろ」
 何か弁解するより早く、小川くんが不二山くんの肩をばしばしと叩く。
「あぁー嫁がいるやつはいいなぁー。じゃあ俺たちはさびしく飯に行きますか」
「おう。悪いな」
「よ、嫁って……! そんなんじゃないよ」
 そうして小川くんは他の男子たちとともに踵を返した。なんだか私が割り込んだみたいな形になってしまった。慌てる私とは対照的に、茶化しに反応することもなく、不二山くんは小川くんたちを見送る。
 やっぱり、目立ってしまった。顔が熱い。
「どうしよう、小川くんたち絶対誤解してるよ!」
「ん? 別に誤解してねーだろ」
「そうかなあ……」
 すごく恥ずかしい。けれど不二山くんの動じない姿を見て、私も少し落ち着きを取り戻す。
「じゃ、俺たちも飯行くか」
「ええっ! いいの?」
 いつの間にか私が不二山くんと一緒にお昼を食べる流れになってるけど、いいのかな?
 歩き出す大きな背中を、私は慌てて追いかけた。


 日当たりのいい屋上の隅で、私たちはお弁当を広げていた。みんな思い思いの場所でお昼を食べたりしているけれど、男女ペアでいるのは、私たちだけだ。みんなが見ているような気がして、落ち着かない。
 お弁当の蓋を開けると、不二山くんの瞳が輝く。
「お、うまそう。いただきます」
 と言ったきり、不二山くんの箸は止まるところを知らない。
 タコさんウインナーにから揚げ。卵焼きはだしの利いたの。ブロッコリーにプチトマト。お母さんの助言も得て、頑張ったつもりだ。
 けれど。
「……ごめんね」
「ん? 何が」
「せっかくの誕生日なのに、もっとちゃんとしたの用意すればよかった」
「そっか? ちゃんとしてるぞ。この弁当」
 そう言い、タコさんウインナーを口に運び、卵焼きをつかむ。言葉どおり、いい食べっぷりだった。
「それに、弁当って俺が欲しいって言ったやつだろ。リクエスト通り」
「そうだけど、そうじゃなくて!」
 こう、もっと、プレゼントらしいものも考えればよかったの。とごにょごにょ言っていたら、不二山くんは箸を置いた。そして私の頭をぐしゃぐしゃとかき乱す。
「もうっ! 何するの」
 顔を上げると、不二山くんはとても優しい顔をしていた。
「どうもな。その気持ちだけでスゲー嬉しい」
 そう言われると悪い気はしない。
 不二山くんはずるい。その笑顔で私のちょっとした失敗や不安なんかを洗い流してしまう。その言葉にもっと甘えたくなってしまう。そう、不二山くんはずるいのだ。
 それに甘えてばっかりじゃいけない。ちゃんとしなければ。
「来年はもっと色々考えるから」
 彼は一瞬目を見開いたあと、柔らかく笑った。
「おう。楽しみにしてる」
 来年はちゃんと準備してお祝いするんだ、と私は熱弁を振るった。不二山くんの好きなもの、今からリサーチするから、と。
「俺は、おまえが傍にいればそれでいいけど」
「ん?」
 一瞬、言葉の意味を掴み損ねる。
「――来年も。その次も、その次もな」
「……え?」
 それって。私はうっかり箸を取り落とすところだった。
 慌てる私をよそに、不二山くんはお弁当を食べつくして箸を置き、手を合わせた。そして屋上のコンクリートにごろりと横たわる。
「ごちそうさま。ああ、うまかったー」
 私は声をかけるタイミングを逸する。どういう意味なんだろう?
 来年も、その次も。その頃には私たちは高校を卒業して、それぞれの進路を進んでいく。私は、いえ、私たちは一体どうなっていくんだろう。大学に進学しているかもしれないし、就職しているかもしれない。どんな進路を歩んでいくとしても……一緒にいられるのかな。
 ずっと一緒にいられたらいいのに。
 彼の言葉の真意はわからないけれど、私と同じ気持ちだったらいいのに。
「ふあぁ。天気いいな」
 そんな心の葛藤を知ってか知らずか、のんきにあくびをする彼のほっぺたを私は突っついた。








2016.11.24

トップページへ