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ざ・ブラッドコレクター 〜吸血鬼の朝は遅い〜

 ブラッドコレクターの朝は遅い。
 薄い布団からむくりと上体を起こし、目を細めて窓から差し込む日光を眺める。
 ブラッドコレクター。その名前は仰々しいが、要するに彼がそう主張するだけなのである。周りはちょっと思春期なのかな、と思うだけで大抵はスルーか苦笑いで済ましてくれる。本人的にはかっこいいつもりなのだ。これでも。
 しかしなまじ顔だけはいいものだから、寄ってくる女は数知れない。見た目だけはかっこいいのである。「ビジュアル系バンドにいそう」とよく言われる。音楽に興味はないから、実際にいたことはないが。
 彼は枕元をまさぐってたばことライターを探り当てる。布団に入ったままたばこに火をつけようとして、ふと誰かがいることに気づいた。冷静に考えると気づかないはずがないのだが、とにかく彼は周囲に関して無関心なのである。そしてめったに驚かない。例えその人物が布団に覆いかぶさるように、まるで「リング」に出てくる貞子のように長い黒髪を振り乱して伏せていたとしても。
「……うう」
 悠々とたばこに火をつけ、まず一服。そして煙を吐き出しながらぼんやりと目の前の事象を視界に入れる。髪の長い女は――女かどうかも定かではないのだが、ともかくその人間は、薄気味の悪い嗚咽を繰り返していた。泣いているらしい、ということに彼はようやく気づく。
「ふう」
 もう一筋、口から煙を吐き出したときに、ようやく目の前の女ががばっと顔を上げた。目の周りを真っ赤に泣きはらし、鼻からぐずぐずに鼻水をたらし、醜いことこの上ないのだが、彼が今思ったのは「あ、女だ」であった。バカなのである。
「あんた、この私を見て、なんとも思わないの?」
「あ?」
「可哀相だとか思わないの?」
「あんだって?」
 上の会話には少々語弊がある。きちんと言葉を拾うとああなのだが、実際には嗚咽と鼻声のせいで何を言っているのか全く聞き取れないのだ。こんなやり取りを二三度繰り返し、しまいには女が切れた。
「だから! 可哀相でしょって言ってるのよ!」
 ようやく明瞭な声になった、とブラッドコレクターたる彼は思ったが、「いや」と言っただけで会話は終了した。いきなり人の部屋に上がりこんで泣きはらす(不細工な)女を見て、特に可哀相と思う感性を持ち合わせていないのだ。ごもっともである。
 彼はたばこをフィルターぎりぎりまで吸い尽くし、枕元にある灰皿に押し付けた。畳には既に何箇所か焦げを作っている。退去時には敷金が飛んでいくが、当分出て行くつもりもないので頓着しない。
「……あんた、俺と会ったことあるっけ?」
 ようやく彼は疑問を口にした。
 ブラッドコレクターの住むこの部屋に来る手段は、だいたい二つしかない。自分が口説いて部屋に連れ込んだか、あるいは連れ込んだ誰かに教えられてこの部屋に来るか。それ以外――例えば面識もなく上がりこみ、見知らぬ男にすがりつくだとしたらかなり厄介だが、前の二つも変わらず厄介だということに彼は気づかない。とりあえず血を吸えるかどうかが最大の焦点なのであって、それ以外のことはほとんどどうでもいいのだ。
 実際そういう粘着質な女性のお陰で彼は修羅場をいくつもくぐり抜けている。しかしすぐ忘れる。バカだからだ。
 女の顔に血気が戻った。まるで泣いてなどいなかったかのように。
「そうそう、そうよ。そう来なくっちゃ」などと悦に入り、そして女はこう切り出した。彼の出した質問など無視して。
「私、妹を探してるの」
 ブラッドコレクターたる彼は、二本目のたばこを取り出して火をつけた。
 この女は吸えるだろうか。彼の頭の中には、それしかなかった。
 いもうと、と彼は繰り返した。語彙が貧困なのだ。
「そう妹。世界のどこかにいるはずの私の妹。私が生まれて間もない頃に生き別れた妹。まだ見ぬ果てに妹がいるに違いないわ」
「ああそう」
 語尾に妙な違和感を覚えたが、男は気にせずに相槌を打った。興味が持てなかったのである。
「完璧で、美しくて、頭脳明晰で、完璧な……ちょっとどこ行くの! 待ちなさい!」
 彼は、見つかった、としくじった顔をした。彼女を相手して血を吸うところまで持っていくのはなんだか難しそうなので、外に行って獲物をゲットしようという魂胆だったのだ。男は舌打ちした。
「何故ばれた」
「何故ばれた、じゃないわよ! わかんないとでも思ってるの!!」
 女は怒った。何故怒ったのかわからないが、男はとりあえず適当にいなした。いい加減に扱われているのがわかると、女はますます怒り狂った。
 一通り怒り狂って、そして話す相手が彼しかいないとわかると、とたんにしおらしく変貌した。
「お願い……貴方しかいないの。私の妹を探すことが出来るのは、貴方しか」
 女は再び嗚咽を漏らしはじめた。
 ブラッドコレクターたる彼は「はあ」と一言つき、傍観していた。彼に思慮など存在しないが、しかしそれでもこの女は彼の理解を超えた生き物であった。だいたい怒り狂ったと思えば泣き、そして「可哀相なアタシ」を装いつつ妹を探せと要求してくる。全く意味がわからない。
「そうは言っても、探し方わかんないし」
 珍しくまともなことを言った。彼女がこれだけぶっ飛んでいると、相対的に彼がまともに見える、という不思議な現象に陥っていた。
「貴方、人の生き血を吸うって聞いたわ」
「ああ、そう繋がるのか」
 男は誰に言うわけでもなく呟いた。
「何をわけのわからないこと言ってんの。それより貴方、血の味がわかるんでしょ」
「ああ、そうだけど」
「じゃあ……私の血の味を覚えたら、どこかにいるはずの私の妹がわかるんじゃないの!?」
 かなりの論理の飛躍が見られたが、彼は敢えてそこに突っ込むことはしなかった。彼の頭の中では別の計算が始まっていたからである。つまり、女の血を吸うことが出来るかどうか。彼の価値基準はそれだけだ。
 しばし考えた結果、このまま話に乗れば彼女の血を吸うことが出来る、と男は判断した。彼女が人間的にイカれた奴かどうかなんて、どうでもいいことなのである。
 吸える。女の血を吸うことが出来る。
「わかった。協力しよう」
 彼はにんまりと笑い、ここに留まることに決めた。単純なのである。

「俺の噂は聞いてるんだろ」
 そうと決まれば彼の行動は早かった。女の肩に手を回す。
 予想外の危機に、女がたじろぐ。
 もちろんブラッドコレクターたる彼の噂を知らないはずがなかった。自称吸血鬼。女の血を吸えるとわかれば手当たり次第。
 女は顔を赤らめたが、近くで見ると美人だったという都合のいい展開にはなるわけもなく、やはり見たとおりの不細工であった。むしろ泣き明かしていたせいで目蓋は腫れ上がり、髪はかぴかぴに固まり、鼻は赤く腫れ、鼻水を隠そうともしない顔は醜さ三割増し(当社比)である。これが現実なのだが、彼にとっては血さえ吸えるのであればどうでもよかった。本人の名誉のために記しておくが、悪食なのではない。雑食なのだ。
 だからティッシュ箱を突きつけて「涙を拭けよ。鼻をかめ」という彼の物言いにすら、女はきゅんとしてしまったのである。無論彼にとってはこれは口説き文句などではなく、ただ汚いから言っただけだ。それが彼女の頭の中では「涙をお拭きよ。君の綺麗な顔が台無しだよ」に変換された。女は素直にティッシュを受け取り、鼻をずびーとかんだ。ようやく落ち着いたのか、多少は見れる顔になった。
「私……貴方になら抱かれてもいい」
「そう? じゃあ遠慮なく」
 うっとりと呟く彼女に、彼は何の感慨もなく答え、てきぱきと服を脱がせはじめた。風情も何もあるものではなかった。
 ブラッドコレクターたる彼は女に愛撫をしながら、首筋をつうと舐めた。首は意外にも綺麗であった。そっと歯を立てる。
「あっ……」
 嬌声を上げながら、彼女は「本当に血を吸うのね」とどこか嬉しそうにつぶやいた。少し引っかかる物言いではあったが、血さえ吸うことができれば何でもよかった。こうして血を吸った後、行為中にもかかわらず彼は「栄養が足りてない」とか「運動が足りてない」とか、血の味について感想をめぐらせるのである。今日の女も大方の予想通り、あまり満足のいく味ではなかった。しかしそれでも血を吸う理由、それは本当にしょうもない矜持であった。吸え膳食わぬは男の恥、なのである。誤字ではない。
 一通りの行為を追え、二人は薄い布団にゆったりと寝そべっていた。男はたばこに火をつける。
「……わかった?」
「なにが?」
 彼は本来の目的をすっかり忘れていた。いや、彼にとっては血を吸うことが全てであり、妹を探すなど瑣末なことなのであった。
「ちょっと! 私の妹のこと!」
「ああ、わかんねえ」
 だいたい女の血を吸うだけでわかったら苦労はしない。似たような味の女も過去にはいたかもしれないが、それと比較するのも酷な話である。そんなことは最初からわかっていたのだが、彼は黙っていた。何故なら黙っていれば血を吸うことができ、彼はその機会を逃すはずがないからである。そんなことばかりに気が回る。
「まあいいわ……ねえ、吸血鬼って血を吸わないと死ぬの?」
「いいや?」
 男はその発言を軽く聞き流し、質問にだけ答えた。あれだけ妹に拘泥していた女があっさりと諦めたのは不可解なのだが、男は気づかない。彼にとってはどうでもいいことなのだ。
 女は詰め寄る。
「じゃあ何で」
「趣味、かな」
 女の顔色がさっと変わった。
「じゃあ……じゃあ、あんたは本当の吸血鬼じゃないのね! なんてこと、私を騙してたんだわ!」
「はあ?」
 彼はたばこを取り落としそうになった。
「本当の吸血鬼って何だよ。俺はブラッドコレクターだ。それ以上でもそれ以下でもない」
「私も吸血鬼になれると思ってたのに!」
「はあ、いねえよそんな吸血鬼」
「じゃあ何、吸血鬼に血を吸われたら吸血鬼になれる、っていうのは嘘なの!? にんにくと十字架が嫌いなのも、鏡に映らないのも、流れる水を嫌うのも全部嘘なの!!?」
「うわ面倒くせぇ……」
 酷い言われようだが、反論のしようがなかった。だいたいそれは全て都市伝説や作り話の類でしかないのである。本物の吸血鬼たる彼は、日の光も流れる水も厭わない。もちろん他人に吸血鬼を感染させる力もない。にんにくは嫌いだが。食わず嫌いだ。
 しかしそれを説明したところで、理解してもらえるとは思わない、と彼が思ったかどうかは定かではない。確かなのは「面倒くさい」ということだけだ。事実この女は厄介であった。慰められないとわかると、女は再び嗚咽を漏らしはじめた。
「面倒くさいって言った! ああ、騙されてその上血まで吸われて、可哀相なアタシ……」
「……はあ!?」
 彼女はうつぶせになり、泣き続けるかと思いきやむくりと起き上がって暴れ出した。灰のたくさん積もった灰皿を投げつけられそうになったが、唇で女の口をふさいだら大人しくなった。単純なものである。部屋が灰まみれにならなくて良かった。掃除が面倒くさいのだ。
 その後はなんだかんだ言いくるめて、帰ってもらった。家を知られてしまっているのだから彼女が逆襲してくる可能性も無きにしもあらずなのだが、彼の頭の中はその可能性まで至らない。とりあえず目先の出来事が終わればそれで良しであった。おめでたい奴なのである。


 そもそも妹が実在しているかどうかすら怪しい、と気づいたのはだいぶ後になってからだった。
「それは嵌められたんじゃないの。あんたに都合よく会うための口実、ってやつ」
「ああ、なるほどね……」
 彼はたばこをふかしながらピロートークをかましていた。それもまた行きずりの女と、である。今日の女はまあまあであった。無論、血の味が、である。
 先の妹を探している女の話は、こんな暮らしをしている彼にとってもインパクトが強かった。行きずりの女にたびたび話を聞かせては反応をうかがっていたら、ようやく納得のいく反応が来たのであった。これが本当かどうかはわからないが、一応の解を得られて彼は満足した。
 女は彼の鼻を爪でつっついて、いたずらっぽく笑った。
「でも、吸血鬼だなんて嘘でしょ」
「みんなそう言う」
 彼は煙を吐き出した。ブラッドコレクターは、この程度ではへこたれないのである。誰もが彼を吸血鬼と認めないが、そんな扱いにももう慣れた。
 そして彼は今日も血を求めて、いや、手軽に血を吸わせてくれる女を求めている。



2011.11.01

 

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