マチコちゃんとボク

「じゃあ本当に親子なんですね」
「はい……これで、もう四回目かな。そう言われるの」
「……わかりました。帰っていいですよ」
 警察官はそう言いながらも納得が行かないような顔をして調書を取る。
 警察官は人を疑っても決して謝らない。どこまでも失礼な奴らだとボクは思う。
「しかし本当に似てないですねえ。母親似なのかな」
 若い警察官は遠慮のない視線をマチコちゃんに浴びせかける。ボクはマチコちゃんを警察官から隠すようにしてボクの後ろに立たせる。マチコちゃんはボクの後ろからあどけない表情をのぞかせる。
「よく言われるんですよね」
 はは、とボクは力なく笑う。それにつられたのか、警察官は引きつった笑みを浮かべた。
「さ、マチコちゃん……帰ろうか」
 ボクはマチコちゃんの手を引く。マチコちゃんは無表情でとてもおとなしい。多分おっかない官憲の前だから緊張しているのだ。
 うつむいたままのマチコちゃんと一緒にボクは交番を出た。西日がとてもまぶしい。
 マチコちゃんはとてもかわいい。まっすぐでさらさらな髪が伸び、頭の左右で軽く結わえてある。
 対してボクは、度の厚い眼鏡にひげも伸び放題。猫背気味でお世辞にもかっこいいとはいえない。おしゃれだって気を使っているわけではない。
 マチコちゃんは黙って手を引かれている。
 山の中の道路は曲がりくねっていて、ひぐらしの鳴き声が聞こえる。遠くで鳴いているような気がするが、実際はすごく近いのかもしれない。時折車がボクたちを猛スピードで追い抜いていく。
「もうすぐおうちだからね。今晩は何が食べたいかな?」
 マチコちゃんは答えない。

 ボクとマチコちゃんは山の中の集落にたどり着いた。集落といっても結構大きい住宅地が広がっている。
 ボクたちはそのうちの一つ、古びた一軒家に向かう。ここがボクの、いや、ボクたちの家だ。
 家の鍵を開ける。ボクはマチコちゃんを玄関に上がらせてしっかりと鍵をかける。動こうとしないマチコちゃんの小さな靴を脱がせてやる。
 そしてボクはマチコちゃんをリビングへと連れて行った。
 ボクは台所に向かう。
 ボクはあまり炊事をした事がないけれど、やっぱりジャンクフードばかりじゃいけないだろう。子供はこれからぐんぐん大きくなるんだから。体を作っていかなきゃいけない。
 マチコちゃんに何を食べさせてあげようか。やっぱり野菜は嫌いかな。ボクは野菜を嫌がるマチコちゃんを夢想して思わずほおがゆるむ。
 ふと、リビングから泣き声が聞こえた。
「どうしたの」
 ボクは心配して様子を見に行く。
 リビングではマチコちゃんが、まるでなにかがぷつんと切れてしまったかのように泣き出していた。ボクはおろおろしながらもぎこちなく肩へ手を回す。マチコちゃんの体はとても小さくて、そして柔らかかった。
 ふと、テレビが鳴っているのに気付いた。マチコちゃんの鳴き声にかき消されて気付かなかったが、テレビがいつの間にかついていたのだ。マチコちゃんがつけたのだろうか。
 テレビではうちの近所の山中を映し出していた。何かまた不可解な事件が起こっているらしい。そうか、それでやたらと警官に捕まったわけだ、とボクは思い当たる。
 無機質な表情のレポーターは早口でまくし立てるように原稿をなぞる。
「なお、一人の少女は依然として行方不明で――」
 ボクはテレビのスイッチを切る。
「ごめんね。怖い思いをさせたね」
 マチコちゃんは泣き止まない。
 困ったなあ。どうやったら泣き止むのだろう。
 ボクは必死になって考える。とにかく泣き止んでもらわなければ。
 ボクはマチコちゃんとのこれからについて思いを馳せる。
 そうだ、お風呂へ入れてあげよう。女の子は綺麗好きだから喜ぶかな。お洋服も新しいのに替えてあげよう。マチコちゃんはかわいいからフリルのついたワンピースがきっと似合う。
 大きくなったら、ボクをどんな目で見るだろうか。初潮がやってきて、マチコちゃんは体の変化にびっくりするだろう。そんな時はボクが優しく諭してあげるよ。マチコちゃんはかわいいから、きっと綺麗になるだろう。言い寄ってくる男がいても、ボクが追い払ってやる。
 薄暗くなった部屋にはマチコちゃんの泣き声がまるでサイレンのように響いていた。
 ボクの手はそっとマチコちゃんの細くしなやかな髪に伸びていった。ボクのメガネのフレームが西日に反射してきらめいた。






2005.8.11   瑞沢

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