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妄想乙女

「大和〜。遊びに来たよー」
 そう言いながらるんるんと俺の部屋に上がりこんできたのは、同級生の知佳。近所に住んでいることもあって、付き合いは長い。
 俺は、また来たのか、とわざとらしくかぶりを振る。内心は穏やかじゃないのだが、もちろんそんなそぶりなんて彼女には悟られたくはない。
 彼女はまるで自分の家のように我が物顔で侵入し、そして部屋の隅に転がっていた大きな猫のぬいぐるみを抱え込んだ。
「今日もいい子にしてたかい? 大和ー」
「うにゃー」
 知佳は猫のぬいぐるみと見つめあい、会話をしている。猫の声も自分で発している。奇怪な風景なのだが、俺はもう慣れてしまっていた。ぬいぐるみのしっぽをゆらゆらと振り、頭をうんうんと上下させている様は、まるでぬいぐるみが意思を持って動いているかのようだ。
 ちなみに、大和というのは俺の名前ではない。そのぬいぐるみの名前だ。元々俺がつけたクロという名前があったのに。
「だってつまんないよ、そんな名前。まんまじゃん」
 そう言って俺の案を知佳は一蹴したのだ。ひどい。
 そして彼女はひとしきり考えた挙句、ひらめいた合図に、にっこり笑ってこう言った。
「やっぱり黒猫といったら、大和でしょ」
 ……お前の方がよっぽどネーミングセンスなくはないのか。

 知佳は近眼らしく、度の厚い眼鏡をかけている。きっとアニメとかマンガの見すぎなんじゃないかと俺は予想している。髪形は、おでこを出してピンで留めていて、後ろは二つにしばっている。典型的な田舎の女の子って感じだ。でもそれを言うと怒る。
 そんな彼女だけれど。正直に言ってかわいいのだ。
 この変な性癖さえなければ。心からそう思う。なんでぬいぐるみとしゃべっているんだ。これが女の子にとって普通なのか?
「お前、人んちに上がりこんどいて俺には挨拶なしかよ」
「うるさい。私は大和に会いに来たんだから。人間は嫌いだー」
「嫌いニャー」
 知佳は印籠のように猫をびしっと突きつけ、ポーズを決める。
 お前はもののけ姫かよ、とつっこみたくなる。しかしそれをしてしまったら奴の思う壺なので、絶対にしてやらない。そこから怒涛のアニメトークになるのだけは勘弁だ。俺はもう、そういうの卒業したんだよ。
 同意するように鳴く大和の声がうるさい。いや、元々あいつの声なのだが。もはや馴染んでしまっている自分が怖い。
 俺はシャープペンの背で頭をかいた。勢い込んで広げた英語の辞書が、なんだか馬鹿らしく思える。
「うるさいのはお前だろ。勉強の邪魔するなよ」
「勉強なんてしてないくせにぃ」
「そうニャ。加地ぃは夜な夜なエロ本ばっか読んでるニャ」
 知佳は俺の方を見ようともしないで、大和をなでていた。俺はぎょっとしてツッコミをいれる。なんて事を言うんだ。
「んな。そんな読んでねえよ!」
「うっふっふ。大和は全部見てるんだもんねえ。言い訳はきかないわよ」
「そうニャ」
 俺は知佳から大和を取り上げた。とたんに大和は生命力をなくして、ただのぬいぐるみに成り下がる。
「あー。大和〜」
 知佳の手は必死に大和にすがるが、俺は大和を背中に隠した。
「お前、大和にばっかり構うのもいい加減にしろよ」
 俺は、はたと口をつぐんだ。まるで自分が構って欲しいみたいじゃないか。
 知佳はきょとんとしていた。
「え? 何その発言」
「あ。いや……えーと」
 いやな沈黙が支配する。気まずい。
 しかし彼女は元々頭の悪い女じゃない。ふっふっふ、と嫌な笑みを浮かべ、俺の顔を覗き込んだ。俺の顔が紅潮していくのがわかる。何を感づいたのだろう。背中がむずむずする。
「加地君。そんなに大和が取られるのが悔しいんだ」
「……は?」
 俺はあっけにとられた。知佳は構わず言葉を続ける。
「それじゃああたしたち、ライバルってわけね。嗚呼、繰り広げられる愛憎の物語……」
 俺の予想をはるかに超えた発言が、知佳の口から飛び出していった。楽しんでいるとしか思えない、わざとらしい身振り手振りで。乙女の妄想にはついていけない。
 ばっちり対抗意識を燃やした瞳で、知佳は俺にとどめを刺した。
「あたい、負けないからね!」
 だから、なんでそうなるんだよ。


  ……続く?





2005.10.30

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