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スペクタクル

 この無数の蜘蛛の糸の奥に潜んでいる、とあるサイト「黄泉」。
 ダークグレーの配色を基調としたシンプルな画面には、いくつかのテレビモニターを模したアイコンが貼られている。アイコンは常時波線を描いているが、カーソルを乗せると、画面にはパッと血が飛び散り、人の影が映し出される。

 その中の一つをクリックする。テレビでよくある匿名インタビュウのように、モニターには唇だけが映し出される。斜めアングルから撮られたたその顔の一部分はつるりとしていて、男女の判別は出来ない。
 加工処理のなされた妙な声でしゃべりだす。


『毎朝、電車に乗って、会社へ通っているんですが。電車が通過するその瞬間に、何故か足が前へ踏み出しそうになるんです。
 そりゃ、漫然と死ぬことについて考えたこともありましたよ。でも――何でしょうね、虚無感、とでも言うんでしょうか。この世界に私の居場所はないんだなあ、なんて思いまして。
 そうしたら、電車が来る前に吹いてくる風――あれに巻き込まれて、一瞬「飛べる」と思ってしまったんです。死にたいと思ったわけじゃないんです。ただ、「飛べる」と。意志を持って死ぬんじゃない。意志がないからこそ死ねるんだ。そんなことに思い当たってしまったわけです。すごくぼんやりした霧の中、足を踏み外してしまうような。
 怖いか怖くないか、といったら、そりゃ怖いです。でも何が怖いって、その後の痛みや、無事に死ねなかったときのことを考えると怖い。その瞬間はきっと怖くないと思うんです。
 そして今、自分が「飛べる」と考えていることが怖い』


 ぱっとシーンが切り替わる。
 特徴のない電車のホーム。カメラは少し離れたところから、ホームにたむろする数人を映し出している。
 新聞を持ったサラリーマン、仲の良さそうなカップル……一種の記号のように配置された人の中に、ある種、異様ともいえる黒づくめの格好をした姿が現れる。まるでそのモニターに異物が混入したような。不安が現れる。
 その人の姿には、景色に紛れ込んでいる人たちのような生活感がない。それがその姿を際立たせている。つまりそれが、その人の正装なのだと気付く。
 その姿は気負った様子もなく、かといって思いつめた様子もなく、ただ愚鈍に歩みを進め、点字ブロックの上で足を止める。一見、電車待ちの風景と化す。
 風が吹き付けた。服が、髪が、流されまいとしがみついている。メロディの音とともにアナウンスが流れるが、意図的にぼやかされているように言葉が読み取れない。ここはある電鉄のホームだと、その記号だけが映像に彩られているようだ。
 その時。その黒づくめの足が、すっと進んだ。勢いをつけていたのでもタイミングを計っていたのでもない。まるで反射的に、吸い寄せられるように黒づくめは歩みを進め、踏み切った。
 それに気付いたのは数人。止める暇もなく、悲鳴を上げる暇さえもなく、ただ見ているしかなかった。
 黒づくめが飛び込んだちょうどそこを狙ったように、スピードに乗った電車は通りすぎていく。黒づくめの姿は電車の陰に消え去った。
 後には、ただ電車が通り過ぎるすさまじい轟音が響くのみだ。
 ホームにいる人たちが我に返ったようにわあわあ言い出した。そこで、映像は暗転する。電車の音の余韻を残すのみ。



 そしてリアルタイムで勘定するカウンターが、じりじりと回っていることに閲覧者は気付くのだ。こっそり、自分だけがこの秘密のサイトを覗き見ている気になっているが、本当は開けた場所で公開処刑を行っているにすぎないのだと。この人は――自分の死を「見せ付けている」。
 そして改めて、モニター向こうの人物の嘘か本当か、狂気だか愉悦だかわからない表情を見て、閲覧者は魅入られるのだ。何の特徴もないつるりとした顎。日本人らしい低い鼻。一重瞼にぼんやりとした瞳が覗いている。その、なんの特徴もない顔が、笑っている。その目にはなにも感じられないが、その人物は確かに「笑っている」のだ。悪意は感じられない。同時に喜びも感じられない。ただ、そこに映っているものは「何もない」ただの一シーンなのだ。快とも不快ともつかない、妙な気分にさせられる。
 世紀末のイリュージョン。血と肉が飛び交うスペクタクル。狂気のエンタテイメント・ショウ。


 定期的にあげられるその映像には、同じ黒づくめの格好をした、同じような特徴のない顔をした、男とも女ともつかない人が映っていた。
 その黒い影は、繰り返し繰り返し、モニターの中で「死んでいった」。あるときは鉄道で。あるときはどうやって手に入れたのか、拳銃で。またあるときは、ビルの屋上からまっさかさまに落ちていった。
 その黒い影は何度でもよみがえり、再びモニターの中に現れた。そしてまた、同じように「笑った」。表情のないその顔で。
 じわりじわりと噂が噂を呼び。また、その現場を目撃したという人が検索をしてこのサイトにたどり着くこともあり。一日に数百という人が訪れるまでになった。
 筍のようにファンサイトを自称するものが現れ、人々はそれを噂しあった。あのサイトの人は男だ、いや女だ、そいつは病気なんだ、いやただの愉快犯だ、奇術師だ――。さまざまな憶測が飛び交ったが、それは所詮憶測にすぎない。決定的な証拠というものがどこにもなかった。
 その間にも、「黄泉」ではまた新たな画像がアップされていく。しかし、その人物がいったい何者なのか情報は増えることはない。見ているものに尻尾をつかませない作り。ファンサイトの管理人は痺れを切らして悪意にも似た自説を展開していくが、「黄泉」を見ている多くの人々にとってはそれはどうでもいいことだった。ただ、鮮やかに消えていく「生」、それでいて何の感情も表さないそのサイトに目を奪われていた。


 最初に噂となり、ほぼ確定事項とされたのは、恐らく二人以上の人間がサイトを作っている、ということだった。考えてみれば当然のことで、「自殺をする人間」のほかにも「カメラを持っている人間」がいるという推理が成り立つ。また、映像に、時に不特定多数の人が映っているにも関わらず、彼らがカメラの存在に気付かなかったのは、やはり誰かがカメラをこっそりと構えてすぐに立ち去ったからではないか? という結論に達した。
 それにしても妙な話だった。ただのメンヘラ――精神疾患の人間がやるにしては大事(おおごと)で、綺麗過ぎた。仮に自殺志願の人に、カメラを構えるだけの協力者がいるとしたら、カメラを構えることに何の意味があるのだろう。

 何一つ閲覧者に情報は増えないまま、そこに死体の抜け殻のような映像が積み重なっていった。人間の暗部を赤裸々に語りだす唇が赤く画面に映えた。

『何をして生きているのか、生きる目的ってなんだったのか、わからなくなるんです。
 自分が本当に世間から必要とされているのか。自分という人間がいなくなったときに、果たしてどれだけの人が悲しんでくれるのかな、なんて考えたときに、そんな人間がただの一人もいないことに、思い当たるんです。
 こんなに苦しんでいるのに。私の居場所なんてない。いなくなったって、誰も困りやしないんです。「抜け殻」を片付ける人が面倒なことになるだけ』

 訥々と自分の暗闇を語っているだけの映像。苦しみだの、今の心境を語るだけに過ぎなかった、ただの「遺書」とも呼ぶべき自殺シーンの前哨。今回もそうだろうと、ほとんどの閲覧者は捉えていた。聞いているだけで胸糞が悪くなるような、なんら実りがあるとは思えない内容。精神病を担当する医者は、こんな呪詛を毎日毎日聞いているのだろうか。だとしたら、気がおかしくなってくる。
 初めて、暗闇から瞳を覗かせて。カメラの向こうの人物は、モニターの前の閲覧者に語りかけた。

『――あなただって、そうでしょう?』

 笑っているともつかないその瞳が、カメラの向こうにいる無数の閲覧者を捕らえていた。

 「黄泉」に足しげく通っていた閲覧者。彼らは今まで「見ているだけ」という、いわば他人事のようにサイトを覗き、映画の一シーンを見ているように「作り物」の映像に見入っていた。それがいきなりスポットライトがあたり、舞台に引っ張り出されてしまったのだ。「次はお前だ」と言わんばかりに。
 それから彼らは気付かされることになる。自分の存在意義を。自分は、この画面の向こうの人物の言うように世間から必要とされていないのではないか。いや、そんなはずはない。そんなはずは――
 繰り返し繰り返し聞かされた呪詛に、彼らは毒されていた。もはや毒が回っている。



 一陣の風が吹いた。
 電車がホームに入り込む予兆のような。そこに立っているものの身にしみる風。
 ふわっとした足取りの人間が、不意に飛び出した。
 まるで覚悟なんかなく。思わず電車の前に飛び出してしまったといった足取りだった。
 大きな警笛がなり、悲鳴とどよめきとブレーキ音がホーム中に響きわたった。

 小さな手が、強度を確かめるように、ショルダーバッグの肩掛けの部分のようなナイロンの紐を引っ張った。その紐はびくともしない。
 そのロープは数字の9を逆さまにしたように、いびつな形にたわんでいた。
 宙からぶら下げられたその紐に、人間の首が絡まった。
 人間の体が地を離れた。首がきゅっと絞まる。
 手が、反射的に首の紐を掴み、わずかに抵抗し、しかし捕まるところなどなく釣り上げられた魚のようにしばらくもがいた後、だらりと力が抜けた。顔は血が止まり真っ赤に膨れ、口と股間から液体がだらだらと染み出した。



 まるで同じだった。あの動画の進行と、何もかも。
 ただ違ったのは、死体は消えてなどいず、何度でもよみがえることなどなく。身を投げ出した人間は、間違いなく死んでしまったということだ。
 事件性のない自殺者など、話題にのぼるわけでもなく。ほんのニュースの片隅で報道されたきりだった。

 あるファンサイトに一つの書き込みが現れた。
 「黄泉」を見た一人の人間が、負の力に突き動かされて飛び降りた。あれは危険なサイトだ――。そのような警告とも中傷ともつかない文章だった。
 そのファンサイトの常連が一人、唐突に来なくなってしまったこともあり、新たな説に人々の目は惹きつけられたが、しかしその噂は信憑性を得るに足らなかった。たかが一サイトが人を殺す力などあるものかと、軽くあしらわれた。その噂はすぐに消えてしまった。

 あれ以来、「黄泉」は更新されなかった。
 あれほど人々を追いたてていた、魅了した黒い影も、気持ちが収まってしまえばまるで陳腐なただの「映像」でしかなかった。まるで影絵のように、繰り返し繰り返しそのエンタテイメント・ショウはひとりでに幕を開け、唐突に終わりを告げていた。モニターの中で、死に続けていた。
 影絵のような薄っぺらい人間が、モニターの向こうでうっすらと笑った。






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