ひだまりの道化師

the Clown of Suntrap

                  



「さて、と」
 手を振って彼女を見送った後、ウーティスは片づけを始めた。
 舞台が終わり、広場の人はまばらとなっていく。物珍しそうに片づけの様子を見ている者もいるが、大抵はすぐに立ち去ってしまう。いつまでも残るのは、物好きか子供ぐらいだ。
 ウーティスは大きなトランクに物を詰めていく。投げナイフ、派手な色使いの的。一瞬で鳥に変わるハンカチ。色とりどりの小道具。あれだけのものがこの使い込まれたトランクに押し込まれてしまう。
 それを飽きもせずにじっと見る子供たち。おなじみの光景だった。
 そして物好きな男。彼女を見送った後もおそらくまだ用があるのだろう、ウーティスの隣に立っている。
「な〜にを見てるんだ?」
 ウーティスは子供たちに話しかける。子供たちはにかっと笑う。
 いつもこの笑顔につられてしまう。もう既にチップをしまう箱は閉じていたが、サービスだ。
 ウーティスはどこからか取り出した小銭をはじく。それを空中でつかみ、「さあどっちだ?」と両手を差し出してみせる。子供たちは思い思いの握り拳を指さしてみせる。
「ざんねん! 正解は……」
 彼は舌をぺろっと出し、まるで口から吐き出すように小銭を取り出してみせた。
「すっげ〜!」
「すっげーだろう」
 子供たちからの喝采を浴びる。これだからやめられないのだ。
 その後も小銭は不思議なところから現れた。その度に子供たちはきゃあきゃあ騒ぎながらウーティスを取り囲み、小銭のありかをささやきあい、挙げ句の果てには服の裾をめくろうとまでした。
「おおっと! お触りは反則だぞ!」
 焦るウーティス。やっぱり子供の動きは予測がつかない。
 慌てて服の裾を押さえ、正解はここだとばかりに小銭を見せるが、子供たちはきゃっきゃっとはしゃぎながら、ウーティスの服をめくろうとする。もはや興味の対象がそちらにうつってしまったようだった。
 隣に立つ男が笑っている。
「セイ! 笑ってないで助けろ!」
 セイと呼ばれた男は両の手を挙げた。どうやら助ける気はないようだ。
 子供といえどこの人数でかかられては、さすがのウーティスも太刀打ちできない。仕方ない――あれを使うか。
 ぱん! という音とともに、花が一輪。彼の手のひらから現れた。
 子供たちは目を丸くしている。
「はい、終わり。さあ、日も暮れてきた。お前ら、おうちに帰るんだぞ」
 レプリカの赤い花を、その中で一番小さな女の子に差し出す。女の子はその花をこわごわと見ていたが、「爆発しねえよ」と笑いかけると、そっと受け取った。
「じゃあな! また来いよ!」
「うん!」
 子供たちは無邪気な返事をして、走っていった。


 ふう、と息を吐き、横たえたトランクの上に腰をかける。体重をかけてふたを閉めるのだ。
「はあ……それにしてもあの子はかわいかったなあ。やっぱりコンビを組んでもいいんじゃね? とウーティスは心の中で思うのだった……」
「なんだよさっきから。勝手にアテレコすんな」
 子供たちとの成り行きを傍観していた男。そして彼女とのコンビ結成を無責任にけしかけた男――セイ。
「お前があんなこと言うから。あの子がその気になっちまったらどうすんだ」
「簡単な話だよ。コンビ組めばいいじゃん。彼女を受け入れてやればいい。それで、解決だ」
「そう言うけどな」
 彼はまるで彼女を知っているそぶりだった。
 それに、観客の様子も少しおかしな雰囲気だった。あれは何だったんだろう。あの反応は、まるで彼女が有名人みたいじゃないか。
「で、何者なんだ? セイ、知り合いか」
 セイは一瞬片方の眉を動かして、すぐ平静を取り戻した。
「ふーん、それでかあ。――知らないのかい、ウーティス君ともあろう者が」
「どういう意味だよ、それは」
 セイと呼ばれた男は両手を広げる。
「ウーティス君、遅れてるねぇ」
 トランクの掛け金をぱちんとはめ込む。再びトランクを立てかけて、ウーティスはそれに腰掛けた。
「何だよ、遅れてる、って」
「知りたいかい? でもねぇ、無料じゃあげられないな。これも立派な情報だから」
 指をすり合わせる仕草に、ウーティスは舌打ちをする。
「腐っても情報屋め……」
「当然! それが僕の仕事なんだから」
 彼は誇らしげに言う。
「だからと言って、俺からせびらなくてもいいじゃねーか」
 情報屋。どこからか情報を拾い集め、それを欲しい者に売り渡す仕事だ。地味な風貌をして、当たり障りの無い笑顔を浮かべて。それが彼の強みだった。「地面を這い回るのに、ウーティス君のように目立つのは得策じゃないもの」と彼は言う。
「知りたいだろう? 彼女が何者か。どこから来てどこへ行くのか」
 ウーティスは複雑な顔をしていた。
 知ってしまうことは簡単だった。ここで彼にいくらかを渡せば、彼はそれ相応の情報を喋るだろう。
 だが。
「……いい」
「え?」
 セイは当てが外れた、という顔をする。
「なんでー。あれだけ美人だって褒めてたじゃん」
 てっきり気になるのかと思ってた、と残念そうに呟くセイに、ウーティスはうなずく。
「そりゃ、気になるさ」
「じゃあ、なんで」
 ウーティスはにやりと笑った。
「またそのうち、会えるからな」
 彼女はまた来ると言った。ならば、その言葉を信じて待とうじゃないか。そのうち彼女自身から語ってくれることもあるかもしれない。
 これでまた、楽しみが一つ出来た。楽しみをむざむざ自分から奪ってしまうことはないのだ。

(続く)



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