1.かぴばらさんとわたしとおとこ




 うかつだった。
 と、心底わたしは思う。
 まさか、鍵をかけ忘れたことをこんなにも後悔するなんて、思いもしなかった。
「よう。久しぶり」
「……何の用?」
 わたしは目の前の男をにらみつける。
 そいつは、わたしの――カレ。しかも、「元」のつく。つまり、昔の男。
 よりによって、元カレが勝手にドアを開けて入ってくるなんて思わないじゃない。普通、しないじゃない。こういうところが嫌で、だから別れたのに。また、どの面さげて私の家に勝手に入ってくるわけ?
「そんな怖い顔すんなって」
 じり、と男はわたしの方に近寄る。それにつられてわたしは一歩後退する。
 そんな中。ぴょこんと、わたしのベッドから一匹のかぴばらが顔を出した。
 かぴばらは今流行りのペット。「カピバラ」はげっ歯類最大の動物だけれど、この「かぴばら」はそれとは違う。体毛は茶色というよりオレンジ色。手のひらサイズで、ちっちゃくてかわいくて「きゅっ」と鳴くのだ。
「ああっ……!」
 わたしは息をのむ。駄目、そっちに行っちゃ。
 かぴばらは警戒心もなく、ちまちまと男に寄って行き、臭いをかいだ。
「なにこいつ」
 と、無警戒なかぴばらは男の手のひらにあっさりと捕まった。そのちっこい体をくねくねさせている。しかし、どうやっても逃げられない。
「近寄らないで! あとその子を返して」
「いいじゃん。どうせ男いねーんだろ?」
 男は軽くかぴばらをもてあそんでいる。わたしは気が気じゃない。
 あれが「ひとじち」に取られてしまった以上、わたしは慎重にならざるを得なかった。言葉を探す。
「あなたとはもう一緒にいられないの。わたしには……ジョニーがいるから」
 だから、諦めて。
「……ジョニー?」
 男の顔色が変わった。やばっ。
「なんだと!(きゅっ)お前(きゅっ)そんな(きゅっ)男の(きゅっ)どこがいいんだ!!」
「あああああああ! やめっ、やめてーーーっ!!」
 逆上したカレが拳を振り上げる。かぴばらがぐるぐると振り回されている! わたしのかぴばらが!!
「俺とよりを戻した方が、お前も幸せに」
「バカっ!!」
 わたしはアッパーカットでそいつをぶちのめした。
その手を離れ、「きゅー」と言いながら吹っ飛ぶかぴばらをスライディングでキャッチする。勢いで足の小指をぶつける。ぐっ……と動きが止まるほど痛い。
 わたしの手の中でかぴばらはくるくる目を回していたけれど、怪我はないようだった。
「ああ、ジョニー……! 大丈夫? 痛くなかった?」
 部屋の壁に叩きつけられたそいつが、うめくように言った。
「じ、ジョニーって……そいつかよ……」
「うるさい。この小さな体にふさふさな毛並み! 丸い目にちょこんとついたおはな! ちっちゃい手足! あんたにはない魅力がいっぱいあるのよっ! わかった? わかったなら、出て行きなさい」
 背中を痛めたらしきその男は、うんうんうなっていたけれど、私は容赦なく追い出した。しまいにゃ手を握り締めてすがってきたけれど、それもはたいて離させた。
 所詮は元カレだもの。そんなところで情けをかけたってしょうがないの。わたしにはこれっぽっちも未練がなかった。だってかぴばらがいるもの。
 今度こそちゃんと鍵をかけて、わたしは腕に抱えるには小さすぎるかぴばらをぎゅっと抱きしめた。かぴばらは「きゅっ」と鳴いた。





今日のかぴばら。

(  ^・ェ) 。0(すっげーぐるぐるされた)






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