2.かぴばらさんとわたしとともだち
ジョニーはわたしたちの会話を全部理解しているんだろう、と思っている。
聞いていないふりをしているだけなのだ。きっと。
うららかな日曜の午後。
わたしたちはカフェテラスにいた。まるで絵に描いたような風景。そう、これがデートならまさに気分は最高だったはずだ。
だけど、わたしの向かいに座っていたのは男ではない。れっきとした女性だ。
「買っちゃったね。どっさり」
四人掛けの空いている席には、デパートの紙袋が積まれていた。もちろん、定価でなんか買えやしない。セールだから、ここぞとばかり買いあさったのだ。
「そういや、あんたカレはどうなったの」
わたしは飲んでいたカフェラテを噴きかけた。ぐっと飲み込み、盛大にむせる。
「もう、何やってんの。ほら、ハンカチあるから」
差し出されたハンカチを受け取り、口に押し当てる。
「……ありがと。落ち着いた」
「で、カレは?」
「あ、そうそう。わたし、八重子に見せたいものがあったんだ」
我ながら不自然な会話の流れだと思ったけれど、とにかく何とか話題をそらした。わたしは鞄の中から「アレ」を探す。彼女の左手薬指にある指輪が、これ見よがしに光った気がする。だが、無視。そんな物は見なかった。
別れてしかもあんな悶着を引き起こしたなんて、言えるわけがないじゃない。
そしてわたしは小さな洗濯ネットを取り出した。その中にはクッション代わりのタオルと、もちろんヤツが入っている。ちっちゃくて、かわいくて、ふかふかの。
「じゃーーーーん」
そう、かぴばら。
ジョニーは寝ていた。そっとネットを開けてかぴばらを中から出す。おはなとおなかがひくひく動いている。
こうやって、一緒に散歩するのが楽しいのだ。
「ねえ。超かわいいでしょー」
彼女はコーヒーをブラックのまま一口飲んだ。コトリ、とカップを置く音がやけに大きく聞こえる。
「八重子、ブラックなんてよく飲めるね。わたしなんて砂糖三本は入れちゃうな」
やばい。
おちゃらけてみるけれど、この空気はやばい。伊達に長年の付き合いをしていない。
彼女の鋭い視線がわたしを突き刺す。カップを持った左手の薬指がまたこれ見よがしにきらっと光る。
「あんたねえ。今いくつかわかってんの?」
わたしは出かかった言葉をぐっと飲み込む。
八重子は大学の同級生で、そして新婚だった。彼女は学生時代から続いていたカレシとあっさり結婚したのだ。他人の人生は所詮他人の人生。比べてもしょうがない。だが、そこは人間の性だ。独り者の風を吹かせていきがってみても、周りの目や、同級生の動向が気にならないわけがない。
気の置けない仲ではあるけれど。正直、わたしは彼女にコンプレックスを抱いていた。
「二十八よ、にじゅうはち! こんなトシにもなって? 彼氏もいなくて? どうすんの、これから? 『わたしにはかぴばらがいるから』って? ……鼻で笑っちゃうわよ、ふん」
歯に衣着せぬ物言いどころか、内臓をえぐるようなジョルトブロー。わたしは思わず胃の辺りを押さえる。パンチを食らったわけでもないのに胃がきりきりしてくる。これは……胃痛だ。
悪気はないのはわかっている。彼女は至って真剣なのだ。ひとの心の柔らかいところをすぱっと突いてくる。これは彼女の思いやりであり、非常におせっかいながらも心配しているのだ。
「さっきのセール中もこっそり婦人服コーナーからいなくなるから、どこへ行ったのかと探しちゃったわよ。そしたらペットコーナーにいるじゃないの。やけにちっちゃい物を物色してるなーと思ったら、かぴばら用の服? 一体どうやって着るのよ」
だが。そうなのだとわかっていても。あまりに酷い。コーヒーを持つ手が震える。
「大体こんな小動物にそこまで入れあげるだなんて」
指をさされたその瞬間。ぱちりと、ジョニーが目を覚ました。そのちっちゃな体をもにょもにょと動かして。
「きゅっ?」
今注目を浴びていることに気づいているのかいないのか、よくわからないなりにかぴばらは鳴いた。
でも、いつもここぞというタイミングでやらかしてくれる。それがわたしのジョニーだ。
「え?」
かあっ、と彼女の頬が紅潮するのを、わたしは見逃さなかった。
「かわいいでしょ」
「……ま、まあ、そう言えないこともないわ」
ジョニーはすっかり目が覚めたのか、テーブルの上を探検しだした。
それを見つめる八重子の目は真剣そのもの。遠慮がちではあるが、なんとかジョニーの興味を引こうとマドラーを軽く振った。ジョニーはマドラーにつられて右へ左へひょこひょこと歩く。
かかった。わたしはほくそ笑んだ。彼女はもうすっかりジョニーのとりこ。
そうしてテーブルの上を探検しつくした頃、ジョニーは再びうとうとし始めた。ちっちゃなあくびをする。わたしは、いえわたしたちは、その愛らしさにほうっとため息をついたのだった。
彼女を見て、わたしは勝ち誇ったようにうなずいた。彼女は慌てて取り繕うが、もう遅い。
勝った。
かぴばらは正義なのだ。もう、小動物とは言わせない。
今日のかぴばら。
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