3.かぴばらさんのにちじょう




 かぴばらの朝は早い。

 わたしの頭の上で何かがもぞもぞと動いている。ぎゅっぎゅっ、ぎゅっぎゅっ、とそのふさふさのものがわたしを押している。そしてしばらく静かになったと思ったら、また、ぎゅっぎゅっ。
 「それ」がわたしを起こしにかかっていることに、わたしはようやく気づいた。
「……じょにー。おはよ」
「きゅっ」
 言うまでもなく「それ」は、かぴばらのジョニー。そのつぶらな瞳が、満足げにわたしを見ている。
 ジョニーは毎朝わたしを起こしてくれる。そう、毎朝。
 平日は目覚ましがわり。でも、平日だけでなく、休日もわたしを起こし、むふむふ言って満足げに見る。なんだかありがた迷惑なのだけれど、かわいいので許してしまう。
 今日は仕事の日なので、わたしはばたばたと支度にかかった。朝ごはん、着替え、顔を洗ってトイレに化粧。そしてこの変な寝癖を直す。ここ最近、もみあげが逆立つ謎寝癖に悩まされている。水と奥の手のワックスでなんとか下向きになるけれど、へにゃっとした変な癖が取れない。
 わたしのあわただしさをよそに、ジョニーはマイペースに足元を歩いてたりするから、時々踏みそうになる。おっといけない、もう八時。
「さ、ジョニーはお留守番」
 とわたしはジョニーを部屋の隅の小さなケージに入れる。心苦しいけれど、さすがに会社には連れて行けないのだ。
「行ってくるね!」とわたしは慌てて玄関のドアを閉めた。

 わたしが外にいるとき、かぴばらは何をしているのかなぁ。
 帰ってくると、いつも「おかえり」とばかりにちっちゃい手足を動かしながら、玄関までやってきてくれる。ケージからどうやって脱出してるんだろう。
 でもいい。ジョニーを見ると、疲れが一気に吹き飛んでしまう。それに比べたら、脱出イリュージョンなんてささいなことだ。
 そんなジョニーをかまいつつ、買ってきたお惣菜を食べながらだらだらとテレビを見ていたら、あっという間に寝る時間。風呂に入って、寝間着に着替えて。万年床でれっつ就寝タイムだ。これがわたしの平日の過ごし方。ジョニーにたまにおかずをあげたりすると、ぷるぷるしながら喜びをかみしめている。
 布団に入ると、ジョニーは何故か頭の上にやってくる。横向きに寝るときはわたしのこめかみに陣取り、仰向けになると額の上に、んしょんしょとよじ登ってくる。くすぐったい。そしてわたしが寝返りを打つと、ジョニーはころころ転がっていく。でも、気づいたらめげずに上ってくる。ホントに熟睡しているときは転がったまま寝てるみたいだけど。
 今日は横向きの気分だから、もちろんジョニーはもみあげの上に鎮座した。
「なんでジョニーはもみあげの上に乗るの?」
「きゅっ?」
 耳の近くだから、思ったより大きい声が聞こえて、わたしは一瞬びっくりする。でもまたすぐ眠気が襲ってくる。
 ただなんとなく問いかけてみたけど、もちろん答えは期待してなかった。
 かぴばらはまた「きゅっ」と鳴き、耳元をふにふにし始めた。マッサージみたい。くすぐったくてあったかい。でもなんだか心地いい。

 翌朝。鏡を見たら、わたしの髪が、特にジョニーが乗っていた側のもみあげがきれいに逆立っていた。ここ数日で一番きれいに。ぴっちりと。
「なんじゃこりゃー!」
「むふー」
 ジョニーの鼻息が荒い。
 なんだか朝っぱらから妙に誇らしげに見えたのは、気のせいだろうか。
「まさか……ジョニー?」
「ん?」小首をかしげるジョニー。そのかわいらしさに一瞬とろけそうになるけど、わたしが言ったことをわかってるんじゃないの? 誤魔化しているみたいでますますあやしかった。
 でも、意味がわからない。ひょっとしたら意味などないのかもしれない。かぴばらだもの。
 とにかくしょうがない。直さなくちゃ。
「あ〜もう。なんでもみあげ……」
 文句を言いかけて、ひらめいた。
「……ジョニー!」
「きゅっ?」
「もみあげは、『もんで』『あげる』んじゃないんだからね!」
「……きゅ」
 我ながら、ばかばかしいと思った。だじゃれかよ。

 でも、こう言った次の日から、『もみ』『あげ』は控えめになった。(特にあげ)





今日のかぴばら。

( ^・ェ) 。0(もんであげた)







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