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02.スクラップの山


 数時間ほど前。ハヤトは、『山』に向かっていた。
 その山は美しい自然などとは無縁の、不毛の土地であった。その山は、全てが廃棄されたスクラップで出来ているのである。それが、半径数キロにわたって裾野を広げている。それは今もなお拡張していた。ここに不法投棄する者は後を絶たない。
 風のない日は、胸を悪くするような臭いがたちこめ、風が強い日は化学物質で出来た砂埃がきらきらと舞う。雨が降ったらヘドロのような物質が足元を満たし、かんかんに晴れたら蒸発した気体がもうもうと山を覆う。過酷な環境なのだ。
 宵。照りつける日光が沈み始め、日が没し、夜が更けるまで、山の者が活動を始め、そして終える時間であった。
 ハヤトはいかついゴーグルとマスクを装着していた。仕事は体力と集中力を使うので、息抜きに散歩していると、いつの間にかここにたどり着くのだ。それを言い訳にしながら、よく浮浪者からガラクタを買い漁っている。
 浮浪者たちは皆、布で顔をぐるぐる巻きにして山の空気から身を守っている。遠めに見ると武装したテロ集団のようだ。いや、死にぞこなったミイラのようなものかもしれない。
 彼らの素顔は知らないが、外見で見分けがつくぐらいにはなっていた。ハヤトはなじみの店に向かう。店といっても、道端に品物を並べただけのものだ。
 いつもは無気力に道端に座っている彼ら。しかし今日ばかりは様子が違った。
「おいちゃん、なんか面白いものあるかい」
「はあ、そりゃもう。ついこの間、でかい地震があったっけね。そん時の影響か、山が大きく崩れたっきよ。おかげで下に埋まっているものが大量に出てきてるっちゅうわけさ。今は皆大忙しで漁ってるらね」
 おいちゃんは不思議な訛りの言葉を使う。名は知らないが、かなり昔からここに住み着き、山から面白いものを見つける達人だ。
「おお。すげえ! じゃあ旧時代のお宝かなんかがざっくざくと」
 ハヤトは目を輝かせた。
「そんなもんに価値を置くのはあんたぐらいだでねぇ。銭っこになりゃせん」
 おいちゃんは鼻で笑う。おいちゃんの目の前には、既に山から取ってきたであろうがらくたがござの上に置かれていた。回収された空気清浄機の部品。電磁波の影響が懸念され、時代から抹殺された端末。成分のわからない結晶。
 こんなものに誰が、どうやって価値を見出すのかは知らない。ただ、買っていく人が現れる以上、需要はあるのだろう。もちろんそれを使うのは買った人の責任だ。使用者がどうなろうと知ったことではない、もともと廃棄されたものだ。
 ハヤトの興味はそんなところになかった。無論、商売道具である生体の部品はありがたいのだが、彼の興味を引くものはそれよりも前の時代のものだ。時代遅れの不恰好な歯車など、わくわくするではないか。その証拠に、彼の左腕は鉄の骨格とケーブルが丸見えになった義肢で出来ている。今時、皮膚と同じようにカモフラージュする素材があるというのにだ。彼はそれを決して使おうとしない。そんなもので覆い隠すのは、彼の美学に反しているのだ。
 しかし、そんなものに興味を示すのはハヤトのような酔狂な者だけである。興味を示す者が少ない、ということは、それだけ売れ行きが伸びないということだ。あまりハヤトの食指が動くようなものを取ってくる人は多くない。むしろ少数派だ。
 しかも、今は山の地殻が変動して、普段は出てこないようなものまで掘り出されているという。
 ハヤトの鼻息が荒くなった。たまには、ちょっと足を伸ばしてみようか。
「じゃあ俺、自分で取ってくるよ」
「はあ、そうかね。怪我せんようにするだよ」
 ハヤトはおいちゃんの忠告もそこそこに、山に登り始めた。


 確かに、昨今の地震は相当のものだった。ひと目で山の形が変わっているのがわかるほどだ。
 大きなひび割れのようなものが出来ている。いつもは足取りも重く山を漁っている浮浪者たちが、今日ばかりはせっせと行き来していた。お宝を発見して、食いぶちを稼ぐのに必死なのだ。
 今でも崩れ落ちそうなひび割れを、おっかなびっくり下って行く。
 今の家の惨状も似たようなもんだと、ハヤトは思い出す。ここで拾ったお宝を積み上げているうちに、部屋の中はどこもかしこもこの山のようになってしまった。お陰で家の猫どもは大喜びで自分の場所を確保している。
 当然のことながら嫁には散々文句を言われていた。普段からがらくたと非難してくるあたり、彼女はどうもこの価値をわかっていないようだ。
 もちろん地震の影響は家にも及んでいて、彼は部屋中の片づけをする羽目になった。といっても、元が雑然としたジャンク部屋だから、どう片付けたものかと途方にくれることになる。
「あんた、仕事道具を先に直しなさいよ!」
「そんな。まず部屋を片付けなきゃやる気にならないじゃないかー」
 仕方なく元のとおりに積み上げようとしていると、犬猫がじゃれてくるので、つい誘惑に負けてしまう。そしてまた怒られる。ちなみに我が家の犬猫どもも、道端で売られたり、山で弱っているところをハヤトが拾い、治療や修理を施した。今ではすっかり家の一員となっている。無論、拾ってくるたびに、嫁には怒られたのだが。
 これでまた何かを持って帰ったら、また文句を言われるんだろう。すっかりわかりきっていることだけれど、やめられない。どうしようもない。小言くらいで済むなら安いもんだ。
 義手である左手を使い、山から突き出ている鉄骨を持ち上げた。ざざざざ、と山から粉塵のようなものが落ちてくる。頭からかぶってしまったので、ぱたぱたと左手で叩き落とす。
 山でお宝を探すのは、実は並大抵のことではない。手が届くところにあるものは、あらかた取り尽くされてしまっているからだ。もっと深い場所から探さなければならない。ハヤトのように、旧時代の遺物を欲するならば、なおさらだ。
「うーん。ないなあ」
 ハヤトがスクラップの山を引っぺがしていく、その片っ端から、浮浪者は品定めをしてどんどんかっさらっていく。まるでコバンザメのようだが、これが山のいつもの光景だった。遠慮などいらないし、必要もない。欲しければ奪い取るのみだ。
 浮浪者たちが見定めていく様をハヤトは眺めていた。スクラップは彼らの選別から落第の印を押され、ぽんぽん足元にうち捨てられていく。その中にハヤトの興味を引くものは特に見当たらない。
 山に登った以上、手ぶらで帰るのは少し癪であった。何しろ大変な作業なのである。山が崩れて巻き込まれるリスクは常にあるし、病気の罹患率も高くなる。さっきも謎の粉塵をかぶってしまった。
 ハヤトは意地になって、裂け目の奥へ奥へと進んでいった。そして、十数回目ぐらいの持ち上げ作業の時。
「……何だこれ」
 手だ。人の手が、スクラップの隙間から現れた。
 ハヤトは一瞬慌てたが、すぐに冷静さを取り戻す。死体かと思ったが、こんな綺麗な形のまま残っているわけではないではないか。真っ黒に汚れたそれは、腐敗した様子もなくつるっとした表面をのぞかせていた。
 義手か、と、ハヤトは自分の専門を思い当たる。これはまさしく掘り出しものだ。こんな幸運はかつてない。浮かれながらも引っ張り出すが、なかなか瓦礫に挟まって抜けない。奥の方がつかえている。
 手だけではなく、何かもっと大きなもののような。ひょっとして――。
 浮浪者たちが作業をやめて、ハヤトの獲物に見入っていた。
 ゆっくり慎重に、時間を掛けてスクラップの下から引きずり出してきたのは、真っ黒に汚れた、等身大の人形だった。

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