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03.生体人形


 仕事がおろそかになりながらも、ハヤトは生体の清掃作業にかかっていた。これは服だったものだろうか、ぼろぼろになった布の切れ端を、そっと剥いでいく。洗浄液を布につけて表面を拭くと、きれいな白に近いピンク色が表れた。
「男の子かな? 女の子かな? 女の子だったら」
「……だったら?」
 ほんの冗談のつもりで軽く口にした言葉の相槌が剣呑な響きを帯びている。キヌエからの視線を痛いほど浴びながら、ハヤトは拾い物の点検をはじめる。出来るだけ視線を合わせないように、気づかない振りをするのに必死だ。
「……いや、だったらいいなー、なーんて」
 彼はめげない。
 コーヒーを飲みながら、キヌエは盛大にため息をつく。
「あんたねえ」
「ん?」
「いやらしい手つきで服をめくるんじゃないの!」
「ちちち違うって、そんなんじゃないって」
 そう言いつつも、にやけ笑いが止まらない。顔に説得力がまるでない。
「服を脱がさなきゃ何もできないだろー」
 説得する言葉にすら、彼女を安心させる要素など、どこにもありはしなかった。

「まあ、外皮は後で張り替えるとして。キヌエはどう思う」
「何が」
「いや、この子がさ。何の目的で作られたのかなってこと」
 珍しく、ハヤトがまともな疑問を投げかけたので、彼女は意外そうな顔をした。そうね、と一息置いて答える。
「少なくとも、労働用じゃなさそうだけど。ご奉仕用……なのかしら。それにしても地味だし。体型が子供ね。養子用かも」
 生体には、作られた目的というものが明確に存在している。キヌエの言っていた「ご奉仕用」というのは、いわゆる性産業に使用される生体のことだ。家庭用に並んでもっともシェアを獲得している。それに、消費者の好みに合わせて流行り廃りも著しく、業者がメンテナンスを面倒がってうち捨てられる可能性も高い。ハヤトが拾ってきただけに、その可能性を踏んだのだが、しかしこんなに地味な作りだっただろうか。
「それはどうかな? 玄人好みの可能性もあるよ」
 そんな彼女の胸のうちを読んだかのように彼は言った。懲りていない。
「かわいい顔しているよねー、でもその割に胸がないなあ。俺はまあこのくらいの方が好み」
 言葉は途中で途切れ、ハヤトは声にならない悲鳴をあげる。キヌエが彼の股間を膝蹴りしたのだ。
「ちょ、ちょっと、それは反則……」
 彼は大事な部分を押さえてのた打ち回っていた。そばに構えていた大きな犬が、床に転がっているハヤトの顔をぺろぺろとなめる。心配しているのかもしれない。
「ミ、ミチコ……おまえは、優しいなあ」
 裏声でひーひー訴えるハヤトを無視して、キヌエは生体を凝視していた。なんだかんだ言って興味がないわけではない。むしろ興味津々だった。なんといったって、これは彼女の専門分野なのだから。ハヤトよりもむしろ適任だ。
 真っ黒にすすけた体ながら、線の細さと、もとは可憐な顔つきであっただろうということがうかがえる。間違いなく、ハヤト好みであった。
 しかし、厄介なものを拾った……と内心キヌエの胸中は複雑であった。苦い思いがよみがえってくる。
 まさか、昔のあれではないだろう。もしあれだったとしても、関わりたくはなかった。どうしてこんなものを拾ってきたのだ。よりにもよって、生体人形だなんて。
 キヌエの胸中とは無関係に、ハヤトはようやく持ち直してきたようだ。変な内股になりながら、ゆるゆると立ち上がる。しましま柄の猫、アズサがむっくりと首をあげる。アズサもこの町の片隅で空気にやられ、瀕死になっていたのをハヤトが拾ってきたのだ。この部屋の中でも一番の古株だ。今でも、アズサを初めてだっこしたことを覚えている。
 それを考えると文句は言えない、はずなのだ。でも、キヌエの苦い思いは消えない。


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