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05.二重の壁


 インプランター。ハヤトの仕事はそう呼ばれる。
 今や義肢は、体の動きを補填するだけの装備ではない。メカニックと連動させて、人間の力だけではできない能力を発揮する。そうした技術が開発されるにつれ、義肢は障害者だけのものではなくなった。より便利に、より強さを求め、人々は体に機械を埋め込んだ。そういった改造は、もはやちょっとしたステータスであり、ファッションなのだ。若者のほとんどは、何らかの改造を施されているといってもいいほどだ。その人間に埋め込む機械――主に四肢の関節や、肉体との命令系統をつなぐ神経、および筋肉にあたる部分を作るのがハヤトだった。
 一方で、ゼロから作った人間、いわゆる生体人形を作る技術も発展していく。最初は、二足歩行の拙いロボットであった。研究者はバージョンアップを重ね、ついに見た目はほとんど人間と区別のつかない、「生体人形 type:アキコ」を発表する。
 余談だが、この「アキコ」は開発番号「A」のつく名前を探したとともに、研究者の一人の娘の名前だという逸話が残っている。普段ろくに家に帰ってもこず、そしてそんなわけのわからないロボットに名前を使われた娘は怒り、親子仲はさらに険悪になったとも。
 この発表により一般的な名称となった「生体人形」、通称「生体」は、膨大なプログラムと人工知能を搭載し、ほとんど人間と同じ動きをする。ただ、違うのは、食事や排泄を行わず、充電したバッテリーで動作することと、決して人間を攻撃しないようプログラミングされていることだ。


 風の花、「フウカ」とハヤトは名づけた。結局、この生体に明確な性別がつけられているわけではないとわかったハヤトは大いに落胆したが、それでも性格が女の子らしいから、と主張して女の子の名前を付けたのだ。だいたい拾ってきた犬猫にだってオスメスの区別なく女の子の名前を付けるくらいだから、その程度ではもはや怒る気にもならない。
「キヌエちゃん」
 フウカには聞こえないように、ハヤトはそっと耳打ちした。両手をあわせて、まるで恋する女の子のように、上目遣いでこちらを見る。
「フウカちゃんの記憶を元に戻してあげること、できないかなぁ」
「無理ね」
 キヌエは突っぱねた。
「そこを何とか」
 こそこそと、フウカの背後で繰り広げられる会話。当のフウカは、うずたかく積み上げられたがらくたの類や、犬猫が面白いらしく、きょろきょろと部屋を観察している。
「ちょっと止めて、ちょっと書き換えればいいだけの話じゃないの」
「あんたねえ」
 キヌエの語調が変わる。ハヤトはしゅんとした。
 確かに、あの性格は気に入らなかった。しかし、そんな私的な感情で勝手に中身を変更していいものではないのだ。例え、それがプログラムの集合体だとしても。それは一人の生体として、存在を認められているものなのだ。あとは、フウカ自身の学習システムによって成長を期待するしかない。
 つまり、動き出した以上、開発者としては手の施しようがないのだ。生れ落ちた子供が歩き出すように。それを見守り、手助けしていく他ない。
「動き出したプログラムを変更したら、法に触れることぐらい、あんただってわかっているでしょ」
「そうだけどさ……」
 もちろん、過去の記憶が残されている可能性もないことはない。しかし、その前にキヌエには二重の障壁があった。一つは、法律の壁。もう一つは、気分だった。
「きゃっ!」
 そんなキヌエの思考を、フウカの悲鳴が中断させる。いまいましげに振り向くと、猫のハナが威嚇の声と共に、フウカを引っ掻いていた。痛くはないだろうが、表皮が削られて傷になってしまっていた。
 大人しく、あの騒がしいやぶ医者が来ても動じないハナが、珍しく耳を寝かせ、しっぽを膨らませていた。しょんぼりしてフウカが引き下がっても、警戒を解こうとしない。
「大丈夫? ちょっと塗装しなおしてあげようか」
 ほんのかすり傷程度に世話を焼くハヤトに気をもみながら、落ち着かない犬猫たちをなだめる。
 いつも見知らぬ人に気づくと真っ先に飛んでいくミチコが妙に大人しい。フウカの周りをうろついて、気にはしているようなのだが、いつものはしゃぎっぷりはどこへやら。しっぽをせわしなく横に揺らしている。
 キヌエはため息をつく。気を取り直して、がらくたの中から小さなモニターを取り出しスイッチをつけた。生体――フウカのそばにいたいとはこれっぽっちも思わなかったけれど、こいつらをそのまま放置し部屋に閉じこもってしまう気にはなれなかった。まるで旦那を誘惑するようにも見えるフウカの言動に不信感を抱いたからだ。そしてハヤトもまた、そういう誘惑に弱い。
 要するに。二人っきりにさせたら何が起こるかわかったもんじゃない。
 キヌエはその点で、全くと言っていいほどハヤトを信用していなかった。
 背後でされている会話に耳をそばだてる。
 モニターはざらざらした画面を映し出す。それに呼応して、がらくたの中から、歓声まじりのノイズとともに中沢のマイクパフォーマンスの声が聞こえる。しかし全く頭に入ってこない。
 ハヤトは治療を施しながら、家の中のものを逐一説明しているようだった。生体人形はそれに応えて、かわいらしい声をあげている。
 フウカの質問の標的が、部屋の隅から段々自分に近づいてくる。今、彼らの話題になっているのが、自分に程近い戸棚、またそこで寝ている猫について。そして次はたぶん自分だ。
 キヌエは自分の耳が、まるで猫のように後ろを向いてしまうんじゃないかと思った。
「あの、キヌエさん……は、何を見てるんですか?」
「ああ、プロレスの再放送を見ているんだよ。キヌエはプロレス好きだからね」
「プロレス? 私にはよくわかんないです」
「あはは。わかんないか〜」
「だって怖いじゃないですかぁ。殴り合いなんて」
 キヌエは我知らず、すっくと立ち上がっていた。もう、我慢ならない。止めを刺したのは、フウカの言いざまだった。そう、それは彼女にとって許しがたい侮辱だった。
 声を大にして言いたかった。プロレスは決して無益な殴り合いなんかじゃない。エンターテインメントだ。血沸き肉躍る、男たちの熱き戦いなのだ。
 ゆっくりと振り返り、生体を睨みつける。生体は気づかずにハヤトとおしゃべりを繰り広げていた。後ろから殴り倒したい衝動に駆られたが、ここで喧嘩をふっかけても分が悪いことは目に見えていた。ハヤトはもちろんフウカをかばうだろうし、生体からはやっぱり野蛮だと言われかねない。怒りをなんとか押さえ込める。
「――じゃあ私、もう寝るから」
「え、キヌエちゃん。早いんじゃない? まだまだ夜はこれから」
「うるさいわね。今日は疲れたの」
「残念だなあ。これからフウカちゃんの謎を次々に解明しようと思っていたのに」
 そう言いながら旦那は生体のボディをえいやっと突っつく。生体は嫌がるそぶりも見せずに「くすぐったいですよう」なんてかわいらしさをアピールしている。ハヤトの顔がだらしなく緩むのが見えた。
「……寝る!」
 捨て台詞を吐いて、キヌエはぶつっとモニターを消し、リビングを後にした。かしんかしん、と金属のこすれる奇怪な足音を立てて、大型犬ミチコがついてくる。
 ――なんだか、頭痛がした。


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