モドル | ススム | モクジ

● 消えるマキュウ ---  ●

 その瞬間。目の前の扉が勢いよく開いた。
 遥は驚いて後方にジャンプした。ジョルジュにぶつかり、彼は勢い余って床に転げまわる。
 決して遥の祈りが通じたわけでも、超能力を使ったわけでもなかった。反対側から誰かが開けたのだ。まぶしい光とともに、がっしりした青年が顔を覗かせた。
「りゅう!」
 竜之介がいる。
 いや、竜之介ではない。よく見ると服装が違う、髪形も違う。おまけに犬の耳のようなものが生えている。何もかも似ていない。竜之介がここにいるわけないのに。しかし何故か、その青年が竜之介のように見えたのだ。
 遥は夢中で飛びついた。その男が何者でもよかった。ここから出してくれるなら。
「助けて! 助けてください!」
 その青年は驚いた顔をして遥を見つめた。そして後ろから飛んできた人形に何かを語りかける。
 遥は気づいた。言葉が通じないのだ。
「ちいっ。ラングか……」
 ジョルジュがこの青年を見て後退した。
 人形は、その小さな両腕でもてあますほどの大きな耳飾を抱えていた。紫がかった赤色の宝石がついていて、きらりと輝きを放っている。そして青年の肩から、ふわっと遥のほうに飛んでくる。遥のメットの耳当てを見てしばし戸惑ったのち、こつんこつん、と叩いた。その音が予想以上に大きく、メット全体に伝わる。
「な、何?」
 ジョルジュから声がかかる。
「その被り物を外して欲しいそうじゃ。……なに、心配するな。悪いことはせん」
 その言葉を信じていいのだろうか。困っていると、目の前の青年が遥のメットを指差した。そして頭から何かを外す仕草をする。そして耳のところで、指でわっかを作る。
 外さなければ、話は始まらないようだった。恐る恐るメットを外した。とたんに人形が遥の耳たぶを引っ張った。遥にお構いなく、耳飾のねじねじを巻いていく。
「いたたっ」
 その間にもきーきー響く甲高い声でのおしゃべりは続いていた。
「……ラングちゃん、ごめんなさいね! まさか本当に主が成功するとは思わなかったもんだから、あたしもびっくりしちゃったのよ! ……よしっ。これで言葉がわかるようになるはずよ!」
 マイクのスイッチが入ったように、遥は人形の言葉を突然理解した。
 ぺちんと人形が遥の肩を叩いた。
 耳元で耳飾がりりりりんと揺れている。
 びっくりして、遥はその人形をまじまじと見た。見られた人形は、決まり悪そうに返す。
「びっくりした? これは言葉がわかる耳飾よ。あなたが召喚された人っていう目印にもなるんだから、できるだけ外さないでね!」
「う、うん」
 開いた口がふさがらないとはこのことだった。
「あなたも災難よね! よりによってこの変態男に呼び出されるなんてさ! せいぜい襲われないように気をつけてね」
「モモ! おしゃべりはたいがいにしろ」
 ジョルジュにそうたしなめられ、モモと呼ばれた人形はジョルジュに飛んでいった。きーきーと抗議の声を上げる。
 かわりに、犬耳の青年が遥に近づいてきた。遥の顔を覗き込み、頭をぽんぽんと撫でる。
「ジョルジュに呼び出されたってのは、君だな」
「え?」
 青年は軽そうな革の鎧を着込んで、腰には剣がぶら下がっていた。かわいらしい犬耳とは裏腹に、荒っぽい口調と、そのものものしい雰囲気に遥はどきりとする。身を守るように、そそくさとメットをかぶった。耳飾が、メットの耳当てに隠れる。
「……ったく、ジョルジュのとこはうるさくてかなわないな」
 後ろでは、人形とジョルジュのバトルが繰り広げられていた。甲高い声が耳につく。
 きりっとした顔を遥に近づける。耳が真剣にこちらを向いている。
 遥はその迫力にたじろいだ。まるで尋問されているみたいだったから、変なことを言うと怒鳴られるかもしれない、と必死に頭を回転させる。
「呼び出された……ってよくわかりません。でも、あの人が言うには、僕、帰れないって」
 言いながら、そのことを思い出し、遥はまたべそをかきそうになっていた。
 この青年は真剣にこちらを見、話を聞いてくれる。
 話を聞き終わった青年は呟いた。
「……あいつ、そんなことを言ったのか。これは、手間が省けたな」
「へっ?」
 青年はきっとジョルジュを見据えると、驚くほど大きな声で怒鳴った。
「ジョルジュ! 子供に嘘を教えるんじゃねぇ」
「嘘を言った覚えなどない! ワシの言うことを聞けば帰してやると言ったはずじゃ」
「なんだと!? ……あいつそんなこと、言っていたか」
 青年は遥に聞く。とっさに遥は首を振った。
「うう、ううん。知らない」
「何じゃと!? ハァルカ! 主たるワシを裏切るのかぁっ」
「ふん、召喚契約法違反だな。詰所で話を聞こうか」
 さあっと、ジョルジュの顔色が変わる。
「な、何を言う」
「珍しく召喚を成功させたと思ったらこれか。まさか召喚契約法をすっとばすとはな」
「違う! 断じて違う! ワシはちゃんと手続きを踏んでいるはずじゃ」
「あら〜。主もとうとうお縄なのね。当然よ! いつまでもこんな少女愛好趣味がまかり通ると思って?」
 人形のモモもこれ見よがしにきいきいと嫌味を言う。
 遥はぽかんとやりとりを見守っていた。
 あの人、つかまっちゃうのか。あまりに急なことで、なんだか驚く暇もない。
 青年はわざとらしく咳払いをした。
「……とまあ、そう言いたいところだが、面倒だからパス。その代わり、この子を預かるぞ。いいな」
 ぽんっと、遥の頭に青年の手が乗せられる。
「え?」
 その場にいた人間全てがぽかんとした。
「おい……そりゃあんまりじゃ。ワシのせっかくの成功例を! これから使命を達成してもらわんといけんというのに」
「なんでよ! どうしてよ! この男を早く牢にぶちこんじゃってよ!」
 不満の声が噴出する。
「よし。じゃあこの子に聞こう。それなら文句ないだろう」
 有無を言わさず、青年はてきぱきと進めていく。
「君、名前をなんと言う」
「は、遥。片岡遥」
「ハルカ。君に問おう。どうやら、今日今すぐ『君の本来いるべき場所に帰す』っていうのは無理なようだ。そこの召喚主と一緒にいるか、それともこの俺と一緒に来るか、決めるといい」
 変な魔法使いと、犬耳の青年。どっちについていくか決めろ、と言われて即答しかかったところをぐっとこらえた。
 どっちがましか、考え直すことにする。気色の悪い男と一緒にいるなんて、絶対に嫌だ。しかし、ここから逃げ出して、この青年についていったとして、状況はよくなるのだろうか? ジョルジュよりはまともな気がする。
 しかし、見た目がまっとうな人間かといわれると、どうしてもジョルジュのほうがまだ普通の人に見える。あの犬の耳は、おもちゃにしても、不相応だった。
 見た目と、中身と、どっちを信用したらいいのだろう。直感ではわかっているけれど、踏み切れない。
「ハァルカよ。うちにいるとよいぞ。ワシのところにいれば、何不自由ない生活をさせてやる」
 ジョルジュはにたりと笑う。その横で、モモはきいきい叫ぶ。
「こんな変態主なんかについていくことないわ! ラングちゃんについていきなさい! ……ちょっと! 痛い! 痛いったら!」
 ひらひら舞うモモをひっ捕まえ、ジョルジュは手に力を込める。モモの金切り声と悪態はとどまるどころか、ますます勢いを増していく。
 そんな人形劇のようなやりとりを見ながら、隣で静かに待っている犬耳の青年をちらりを見やる。連れて行く、と言ったわりに、そんなやりとりに割って入るわけでもなく、遥を説得して無理やり連れて行こうとするわけでもないらしい。
「あのう」
「何だ」
「えっと……お兄さんは僕を説得しないんですか」
 問われて、青年はぽりぽりと頭をかいた。
「うーん。特に言うことはないなあ」
「そですか……」
「まあ、あいつらのやかましい生活に耐えられるっていうなら、ここにいればいいんじゃないか」
 そう言われて、改めてジョルジュを見る。いつの間にかモモはジョルジュの手を抜け出し、馬鹿にするようにひらひらと彼の周りを舞っている。顔を真っ赤にしてジョルジュはそれにつかみかかっていた。まるで猫がおもちゃに飛びつくように。猫と違うのは、彼が本気で追い回しているということだ。
 やがて、気力が尽きたのか、ジョルジュはひざをついた。肩で息をしている。
 犬耳の青年を盗み見る。相変わらず腕を組んだまま、ジョルジュのやりとりを眺めている。どう見ても、彼のほうがオトナだった。
「決まったか?」
「う……うん」
 皆が注目する。
「僕……この犬耳さんのとこに行く」
 青年の、おっと、という顔に、初めて若者らしい表情を見た気がした。
「俺はラングだ。犬耳なんて言うなよ」

 もちろんジョルジュはその決定に黙ってはいなかった。
「何じゃと!? 待つんじゃ! 行ってはならぬ! ハァルカよ、そいつについていくことはない!」
「ふぇ!? ごごごごめんなさい!」
 彼はほっそりとした手を伸ばし、ずかずかとこちらに向かってくる。
 捕まえられる。そんな恐怖を覚え、遥は犬耳の青年――ラングの後ろに隠れた。
 ラングはそこに立ちはだかる。頼もしい背中だった。尻にはふっさりとした尻尾がついている。
「ジョルジュ。お前も聞いたろう。遥は俺について行く、と言った」
「うぬ……しかし、しかしな」
「別に二度と合わせないわけじゃない。お前がいないとどうにもならないのはわかっているだろ。だから、ほんのちょっとの間、我慢していてくれないか」
「お主がそこまで言うなら、……ところで、何をしている」
 ラングは腰にくくりつけられていた縄を用意し、ジョルジュの手足を縛りつけていた。手馴れている。ジョルジュはあっという間に拘束されてしまう。
 これではどちらが凶悪かわからない。遥は軽率について行く、と言ってしまったことをすでに後悔しはじめていた。
「こんなこと、しちゃ駄目……駄目、ですよね?」
 遥は不安になった。ひょっとしたら、自分の常識が違うのかもしれない。
「大丈夫だ。そのうち抜け出す。これは時間稼ぎにしかならない」
 そんなラングの言葉に、遥は同意できなかった。言いたかったのは、そういうことじゃない。これはいじめにしか見えない。遥は顔をしかめる。
 でも、縄を解いたら追いかけてくるのは目に見えていた。だから、縄を解いてほしい、なんて言い出せない。そんな自分にも嫌悪する。
「モモ! 命じられても、しばらく応じないようにな」
 モモは相変わらずにきーきーした声で言う。表情は変わらないけれど、少し、申し訳なさそうに見えた。
「できるだけ我慢してみるけど! 難しい注文ね!」
「まあ、そうだな。無理を言っているのはわかっているけど、なるべくこらえてくれ」
「モモっ……! これをほどけっ!」
 ジョルジュがもがいている。
 言葉では抵抗しているけれど、モモの言ったとおりだった。そこに引力が存在するかのように、モモの体はじりじりと主――ジョルジュの方へと引かれている。ジョルジュが自由の身になるのも時間の問題だった。
「今のうちに行くぞ」
 そう言うと、ラングは強引に遥の手を引っ張った。つながれた手はとても温かかった。けれど、そのことが余計に遥を心細くさせた。
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