●● 消えるマキュウ --- 三 ●●
にぎやかなシャーロワの街のメインストリート。その一本向こうの静かな通りに、その店はあった。
火を模した店の看板は、魔法の力、それも火の力を示している。
今日も、暇な一日だとピピは思った。お買い物をするお店、というより、受注生産がメインのお店だから、お客が来ることはほどんどないのだけれど。思わず四足になってまんまるく寝転がりたいところをじっと我慢する。主、リディアに見咎められるのはまずいのだ。
その主、リディアは店番しながら何かを書きつけている。ピピはその背中をじっと眺め、時折お店の中の代わり映えしない様子を眺め、そしてまた背中に視線を戻す。
店の中は魔化された品物が飾り付けられている。特に目を惹くのは、店の中心に置かれた太陽を模した照明だった。床からひょろっと伸びた細長い台座の上に、丸い光が燃えている。光が時折揺らめき、店の中をまだらに染めている。
これらの作品は全て、リディアの夫であるルルベールが製作している。もっとも彼は工房にこもっていて、ほとんど店のほうには出てこない。
暇なものだった。自分の知っている限り、リディアはうさぎ使いの荒いほうではない。むしろぐうたらしすぎだとか、それではうさぎが駄目になるとか、他のところで働いている仲間に言われるほどだ。
ピピ自身は、文句をたれつつも、この境遇も悪くないんじゃないかなあ、と思っていたが、年寄りくさいだとか、うさぎにしては意欲のないやつだと噂を立てられるのが嫌なので、表向きはそうじゃないことにしている。
従獣歴十五年。うさぎ年齢は中年といったところだ。ピピはベテランの『働きうさぎ』だった。
にわかに、表が騒がしくなった。入り口の向こうで、人の話し声がする。
「あれ、お客さんかな」
リディアが手を止めて扉を見る。表の声をピピは聞き逃さない。ピピはぴい、と鳴く。
『いや、ラングですね』
少なくとも片方の声はラングだった。もう一人はわからない。そう返事をするが、リディアからの返答はない。どうせ『聞こえてはいない』のだ。
扉が開く。
「ただいま……」
小声のラングが、忍び込むように入ってきた。
ピピは長年見てきた勘で、なんとなく理解した。こういうときのラングは後ろめたい何かを隠している。
「お邪魔します……」
なんだろう、と思っているうちに、そろそろと続いて入ってきた者がいた。背丈がラングの胸あたりしかない。子供だ、とわかる。
ほこりにまみれた赤い服に、ぴかぴかの赤いかぶとを身をまとっていた。見慣れない衣装だった。
「いらっしゃい……あら、何してんの。仕事は?」
リディアは客の正体がわかったとたんに声のトーンを低くした。ラングに気を遣ってもしょうがない。
「途中。……ねえちゃん、ちょっと頼みがあるんだけど」
ラングは苦い葉っぱをかんだような顔で、耳をたれる。
「お断りよ」
先制パンチ。リディアはぴしゃりと言って、手元の帳面に視線を戻す。
子供がどきりと姿勢を正した。
「ねえちゃん待ってくれ。頼む!」
「あたしも暇じゃないのよ」
萎縮しているラングの後ろに隠れるようにしながら、子供がきょろきょろと周囲を見回している。
やはり中央の大きな照明に興味を持ったようで、その子供はじりじりと近づいていた。そのうち、ちょいとつついたりしそうな好奇心を秘めた瞳をたたえて。
まずい。あの子供は炎の威力を知らないのだ。あれに触ったら、やけどじゃすまない。そう思った瞬間にリディアが鋭い声を飛ばしていた。
「ちょっと! 触らないで」
「わっ! ごめんなさい!」
子供はびくっとして、ラングの後ろに逃げるようにして隠れる。いくらリディアががさつで怖そうだからといって、ちょっと慌てすぎじゃないか。ピピはそっと頬を膨らます。これだから人間の子供ってやつは。
ラングにそっとたしなめられて、この子供は小さな声で謝った。
リディアは馬の尻尾のような長い髪をかきあげた。この癖が出るときは、いらだっているときか緊張しているときだ。
「誰なの、この子は」
ピピも気になっていたところだった。長い耳をそばだてる。どうやら、退屈しないですみそうだった。
ラングは端的に言う。
「ほら、ジョルジュの」
「ああ、ジョルジュの。――って、ええ!?」
これにはピピも少しばかり驚いた。彼が召喚の儀式をしたのは確か五回目、いや、六回目だったんじゃないだろうか。失敗するたびにモモが飛んできて、誇らしげに報告して帰るのだ。どうでもよかったけれど、何故か覚えている自分の記憶力が憎い。
じゃあ、今回は成功か。あの子供が呼び出されたんだ。自然と鼻がひくつく。
「成功しちゃったの!? ウッソーしんじらんなーい……ふーん。へー。そうなんだー……」
リディアはカウンターから出て、遥の目の前まで進み出た。じろじろと観察する。
「あんた、名前はなんていうの?」
「か、かたおかはるか。ハルカ、です」
遥は慌ててかぶとを取った。
「ハルカ、ね。耳飾が揺れているし、どうやら召喚されたのは本当のようね」
横からラングが口を挟む。
「俺、仕事抜け出してきたから、終わるまで預かってほしいんだけど……」
「あんたねえ……」
リディアの目つきが鋭くなった。ラングの尻尾がきゅっとちぢこまる。
「頼むよ。あいつの家に放っておくわけにはいかないだろ」
「……アブリコの干したやつ。あとで買ってきてね」
さすが、主はちゃっかりしている。リディアはこの甘酸っぱい実が大好物なのだ。
「しょうがない。わかったよ」
ラングは遥に向き直った。
「ハルカ。これ、俺のねえちゃんだ。見ての通りおっかない……とても美人だろ?」
「う、うん」
リディアに睨みつけられて、ラングはしっぽを引っ込めた。遥もそれに調子を合わせる。
リディアは遥を見て微笑んだ。ピピはほっとする。どうやらリディアは遥を認めたようだ。彼女はああ見えて、結構心の狭いところがあるのだ。なんだかんだ言ってピピは彼女のことが好きであるし、彼女を怒らせたりする種は嫌いであった。うまくやってくれよ、と心の中でつぶやく。
「リディアよ。うちの馬鹿弟が迷惑かけてるみたいね」
リディアは遥をぎゅっと抱きしめた。遥の顔は真っ赤になる。
「わわ、わわわわ」
「ねえちゃん、こいつは……ま、いいか」
ラングは何か言いかけて止めた。きっとラングの判断は正しい。本当のことって、時には伝えない方がいい事だってあるんだろうな、とピピは長年の経験で思った。でも、それって優しさなんだろうか。気遣いであることは間違いないと思うんだけれど。
ラングは、顔を赤らめながらも不安そうな遥の頭をぽんぽんと撫でる。
「んじゃ、仕事が終わったら来るから」
「うん……」
「アブリコ、絶対忘れないでね」
「へいへい」
ようやく厄介ごとから解放されたとばかりに、ラングはしっぽをふりふり行ってしまった。
「さて、と」
リディアはじろじろと遥の格好を眺める。
「あがって、と言いたいとこだけど。アンタ埃まみれじゃないの。それ、洗ってあげるから着替えなさい」
「でも、着るものが」
「持ってきてあげるから」
そういうと、リディアはこちらを見た。出番か。ピピは耳の毛並みをさらっと整えて居住まいを正した。
「ピピ、ちょっと私の服の棚から適当に見繕って取ってきて」
えっ、と思わず耳がふるえた。いきなり難題だった。ピピは人の服のことなど、わかるようであまりわからない。そして棚の上げ下ろしが結構重労働なのだ。
しかし、逆らうことなんてできない。ピピは従獣なのだ。
『ええええ〜。そんな手間な……わかりましたよ』
適当って言ってるし、適当でいいよな。などとぼやきながら、ピピは四足でとことこと駆けた。
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