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● 消えるマキュウ ---  ●

 ラングは頭を抱えていた。
「住所は?」
 目の前の子供は、むっつりと口を結んでいる。
 先ほどからこの状態がずっと続いている。机を挟んで、その女の子と二人きりで向かい合うように座っていた。真っ白な髪と灰色の瞳、そしてピンクのフリフリした服が、やけに異彩を放っている。
 そりゃそうだ、とラングはため息をついた。
 ここは自警団の詰所、もう少し具体的に言えば取調室だった。少なくとも、普通の女の子が来るようなところではない。
 大きな獣が大人しく女の子の脇に控えていた。おそらくは、彼女の従獣なのだろう。
「……いいか。お前のお父さんかお母さんに迎えに来てもらえないと、聴取は終わらない。終わらないと、君も帰れないし、俺も帰れないんだ」
 最後のは本音が混じっていた。仕事に来ても子供の相手をしなければいけないなんて。
 今日は子供に縁がある日だ、とつくづく思う。ジョルジュの尻拭いに駆り出されたと思ったら、職場に戻ったらまた連れ込まれた子供の相手。しかもその理由が「君と同じ『選ばれし子』だから」だって。適当すぎる。
 家に帰ったらまたリディアの小言を聞かなければならない。俺のせいじゃないってのに。ラングは心の中で舌打ちする。
 選ばれし子はとんでもなく優秀か、とんでもない悪人かどっちかだと言われる。その悪党も、力を悪いほうへ使っているだけで、元は優秀ではあるのだろう。
 この子供も、悪党予備軍なのか。しかし今からなら、矯正は可能かもしれない。できるならば、悪の道へと進んで欲しくない。
 ラングはうんざりした顔で調書をめくる。巨大な従獣を連れた女の子の調書は、まもなく発見された。絶妙な人相書の横に名前や住所、種別、そして前回までの所業が書き連ねられていた。
 前科もちか。こんな子供が、とラングは心の中で嘆く。
「名前は……ポーラ、か。……ポーラ? 君が?」
 ポーラの名前は、詰所の中でも話題になっていた。最近、手に負えない女の子がよく連れ込まれると。冗談まじりで、ろくでもない時代になったもんだ、と笑いながら、ラングは違った想像をしていた。もっと生意気で、目つきなんか凶悪で、手を触れたらすっぱりと切れてしまうような、尖った雰囲気の子供。
 しかし、目の前の子供は、ふて腐れているものの、どこにでもいる普通の女の子に見えた。
「いいか。アシルさん――果物屋のおじさんは、お前が店先で暴れたと言っている。これは、本当か?」
 アシルさんは別の部屋で今事情を聞いている。なにしろ血の気が多いものだから、怒鳴り込んできた時には手がつけられず難儀した。このままじゃ話もできないと、アシルさんとポーラを引き離したのだ。
 従獣がうずうずと尻尾を振っている。さすがに退屈してきたのだろう。
 ポーラは相変わらず下を向いたままだ。やっぱり答える気はないのだろうか。ため息ひとつ落としたところで、ぽつりと呟きが聞こえた。
「……じゃないわ」
「何?」
「ポーラじゃないわ。それはがぶちゃんがやったことだよ」
 やっと一声を聞いた、と思ったら、ずいぶんと生意気な返答だった。
 まずは一歩前進だが、その一歩があまりにも遠い。ラングは顔をしかめた。
「がぶちゃんというのはその従獣か? いいか。従獣には監督責任というものがあってだな――」
「ポーラは子供だもん。責任なんてないよ」
「いや、しかしだな――」
「責任なんてもんが発生するのは、オトナになってからなんでしょ。おにいさんもオトナなんだからわかるでしょ」
「あのなあ」
 言いながらラングは歯噛みした。悔しいがその通りだった。
 成人するまでは、子供を縛る法律はない。せいぜい注意して終わりだ。まだまだ、子供は親の所有物という考えは根強い。子供が何かやらかしたら、親の監督責任が問われることになる。
 親のいない子供は、つまるところ何の刑罰も負えない。自警団では、最近この手の子供が増えてきたことに頭を抱えている。
「わかった。じゃあ、今連絡を取って、家の人に来てもらうから」
「そんなこと、やったって無駄なんだから」
 胸を突くような嫌な予感がした。子供の諦めた声。
「無駄? どうして」
「無駄なんだもん。わかるもん。ポーラには、誰もいないんだもん」
 ポーラは目に涙をためていた。

 休憩でも入れようと、ポーラを部屋に残したまま廊下に出ると、葉巻を片手に待ち構えていた同僚に出くわした。彼はアシルさんをなだめすかして、話を聞いていたのだ。
「アシルさんには参ったよ……。あの子供にいっぺん痛い目を合わせないと気がすまない、の一点張りだもんな。まあ気持ちはわからなくもないけれど。――どうだ? 終わったか?」
「いやまあ、一応な。ただ、あの子は親がいないのか? 調書にはちゃんと書いてあるんだけどなあ」
 ラングは首をかしげながら、そんな違和感を同僚にこぼす。
「このまま釈放するのも後味が悪いから、俺、家まで送ってくる」
 同僚は煙を吐き出す。
「いやー、さすが『選ばれし子』ってやつ?」
 その言葉がラングの胸に刺さる。そんな言葉は、皮肉でしかなかった。いや、忠告のつもりなのかもしれない。
「俺の経験だけどな。あんまり人の事情に立ち入らない方がいいぞ。でないと、もたんよ」
「わかってる」
 わかっているけれど、放っておくことなどできやしないのだ。

   ◆◆◆

 調書をのメモ頼りに、ラングはポーラと従獣がぶちゃんを連れて、お世辞にもきれいとはいえない通りの片隅までたどり着く。
 一見普通の家に見えた。しかしラングの鼻は違和感を嗅ぎ取っていた。窓はともかく、玄関以外の壁という壁にまで結界が張られている。これに触れたら、ひとたまりもないだろう。いくら度胸のある行商でも、この家は訪問しないのではないか。それほどの異様さを放っていた。
「……本当にここでいいのか?」
 がぶちゃんがうるると鳴くも、ポーラは返事をしない。口をへの字にしてそっぽを向いている。
 ドアノッカーが見当たらないので、素手でごつごつと扉を叩く。鈍い音がする。
 しばらく、様子を伺うように間が空いて、家の扉が開いた。
 豊かな黒髪の、化粧っ気の強い女だった。むわっとした香が鼻をついて、ラングは咳き込みそうになるところをこらえる。
 彼女にはポーラの面影がある。というより、ポーラが大きくなったらこんな風に育つだろう。母、というより、女、という言葉が似つかわしいその人に、ラングは少し動揺した。
 女は、気だるそうにラングを一瞥する。
「自警団の方が、何の用?」
「こちらはポーラのお宅ですよね?」
 女は、ラングの後ろに隠れるように立っているポーラを見た。見下ろした、といってよかった。
 ポーラは表情を硬くする。がぶちゃんがその後ろで、うなり声を上げていた。
 見た目はよく似ているけれど、こんな不自然な親子関係があるだろうか。そこには、愛情も慈悲のかけらも存在してはいなかった。
「知りません、そんな子は」
 彼女はポーラを認識した上で、はっきり、そう言ってのけた。よく似た灰色の目を細めて、ポーラに向かって吐き捨てる。
「まったく、よくのこのこ帰ってきたわね。あなたはうちの子じゃないって言ったでしょう? その薄汚い従獣を連れて、どこへなりとも行ってしまいなさい」
「待ってください。あなた、自分の子供になんてことを言うんだ」
 ラングはポーラをかばうように割って入った。
「何? 私たちの問題に口を出さないで下さる?」
 親子ではないと言った次にこれは自分たちの問題だとのたまう。ああ言えばこう言う。だから女は苦手だった。
 ラングの制止も聞かず、彼女はまくし立てる。
「まあ、落ち着いて。落ち着いてください」
「この子はね、私の手に負える子じゃないの。あなたも『それ』ならわかるでしょ。私だって自分の子だもの、情がないわけじゃないわ。でも、あちこちで問題起こして暴れまわってくれるし、それに……」
「それに?」
「……なんでもないわ。私は家庭が大事なの。もう帰ってこないでね。いい、わかった?」
 女は乱暴にドアを閉めた。
 ポーラは表情を変えない。泣きもしない。まばたきさえも忘れてしまったようだった。
 同僚の言葉が頭をよぎる。人の事情に立ち入るな、か。全くその通りだった。ラングは、自分がずぶずぶと深みにはまっていくのを感じた。
「ポーラ……うちに来るか」
 ポーラは黙って首を振った。
 がぶちゃんが無邪気に尻尾を振ってそばにいる、それだけが救いだった。
「心配いらない。うちには姉夫婦もいるし、それに今日は、召喚された子供を拾っちまってな。ちょうど君と同じくらいの、かわいい子だ」
 ポーラは顔を上げた。
「でも、どうせみんなポーラを嫌いになっちゃう」
 ラング自身、それに気づかず渋い顔をしていたかもしれない。自分自身を呪っているだけのこの子供に。
「もしみんなが嫌ったとしても、俺がいるから。約束する」
 ラングは手を差し出した。
 ポーラは返事をしなかった。
 ただ、がぶちゃんがその返事の代わりのように、尻尾に飛びついてきたのが救いかもしれない。
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