モドル | ススム | モクジ

● 消えるマキュウ ---  ●

 遥はルルベールの工房にいた。不思議な道具がそこかしこに転がっている。
 遥の興味は尽きなかった。触ったりしたいけれど、我慢した。それより他にやるべきことがあったからだ。
「これを、作って欲しいんですけど」
 ルルベールに遥の道具を渡した。
「ふむ」
 ルルベールはじろじろと観察する。
「これはグラブ。こうやって、利き手じゃない方の手を入れて、ボールを捕るやつ」
 野球をやる、と決めたからには必要なものがあった。人数、道具、そして審判だった。
 それをラングに相談したところ、彼は一通り考えて言った。
「人も足りないし、審判に割く余裕はないかなあ……っと、そうだ」
 ラングの耳がぴんと立った。そういうときは、いい方向へ向かうときだと遥はわかってきた。
「ルルに頼もう」
「ええ? だから、人が足りないんでしょ?」
「いや、そうじゃなくて。ルルに作ってもらうんだよ。判定する道具をね」
 目から鱗だった。必要なら、作ればいい。でも、審判なんて作れるのだろうか?
「でも……」
「心配いらない。ルルは見た目ぶっきらぼうだけれど、優しいから」
 そうラングに諭された。強引に背中を押され、遥は工房の扉を叩いたのだった。
 気難しそうな職人肌。そんな印象を持っていたけれど、先の練習ではあんないたずら心を披露したのだ。少しは打ち解けられるかもしれない、なんて思いはルルベールの気難しい顔によって簡単に打ち砕かれた。遥は言葉を選びながら、おずおずと言う。
「あと、こういうのが欲しいんです」
 不安に思いながらも、審判の説明をする。こう言っては失礼だけれど、できるのだろうか?
 ルルベールはしばらく考え、うなずいた。
「承知した。――ただし」
「ただし?」
 遥は動揺した。なにか条件があるのだ。また下僕とか言われるのだろうか?
 それとも、お金だろうか。知り合いとはいえ、相手は職人だ。ただでやってくれるなんて都合のいい考えはいけない。
 そんな遥の動揺を読み取ったように、ルルベールは微笑んだ。
「私も参加させていただく。その、ヤキューとやらに」
「え、是非! こちらこそ、お願いします」

 そこにいたのは畑のカカシのような、不恰好な棒人間だった。
「これが審判?」
 お店の不思議な道具の数々から、何かしら魔法で動くのだろうと勝手に想像した。それにしても、ただのカカシにしか見えない。あまりにも簡素なつくりの『審判』に、遥は内心がっくりした。鎧のような胴をみにまとっているが、中は空洞。下半身はなく、首からまっすぐ一本の棒が伸びているだけだ。今は足元が石畳のため、自立することすらもできない。そのためルルベールがそれを支えている。
 街の人たちが通りすがるたびに、奇妙なものを見る目つきで、あるいは興味深そうに見つめていく。
「ちょっと、球を投げてみたまえ」
「うん」
 ルルベールに言われるままに遥はその棒人間と対峙した。いつものように、捕手としてラングが座る。その横にバッターに見立てリディアが立った。
 ひょろっ、と軽い気持ちでボールを投げる。ラングの腕が大きく動いた。誰が見てもわかるほどストライクゾーンを外れている。
 その棒人間は、かくかくと面白い動きで「ぼーる」と動いた。
「わあ、すっごい!」
「打者の身長、体格に応じてストライクゾーンを割り出し、判定してくれる」
 夢のような審判だ。自分のところでも、こういうのができたらいいのに。そうしたら誤審も、ひいきの判定もなくなる。よく、テレビのプロ野球を見ながら、お父さんと一緒に文句をいったものだった。
「名前は、そうだな……『審判くん』なんてどうだ。我ながらよいできだったのではないかと思うが」
 沈黙を割ったのはリディアだった。
「そ、そうね……いいできなんじゃないかしら」
「でもその名前ぐっ」
 つっこもうとしたラングはリディアによって黙らされた。ルルベールから見えないように尻をぎゅっとつねられている。
「なんだよ……ねえちゃんだってちょっとあの名前はないんじゃないかって思わないか……?」
 ラングは痛みにもだえながらも、リディアにだけ聞こえるように呟く。
 リディアも呟く。
「思うわよ……。でもね、プライドの高い人だってあんたも知っているでしょ……」
「そりゃそうかもしれないけど……」
 そんな二人の言動を知らず、遥はルルベールの「審判くん」相手にはしゃいでいた。それをルルベールは満足げに見つめている。
「ねえ、塁審はいないの?」
「塁審?」
 遥は塁審を説明した。フェアとファールの判定、タッチの判定。
「『審判くん』がやってくれてもいいんだけど、やっぱり一三塁の判定は遠いから難しいんじゃないかな、って」
「ふむ。それは想定外であったな」
 ルルベールは考えこんでいるようであった。
「それだけのものなら、大して手間はかかるまい。仕事の合間に製作しよう」
「やっぱり名前は? 『塁審くん?』」
「遥がそう思うなら、それもよかろう」
 ルルベールはそう言って笑った。

   ◆◆◆

 店の前でポーラと二人、練習をしていた。空では太陽がぎらりと我を主張し、濃い影が二人の足元にまとわりつく。
 遥はボールを持って構える。
 道行く人が物珍しそうに見ていく。時には「それはなんだ?」とたずねていく者もいるが、自分の国の球技だと説明すると、納得したのかしてないのか、一応はわかったような仕草をしながら去っていった。幸いなことに、ポーラに絡んでいく人はいなかった。何があるかわからないから気をつけるように、ラングに言われていたのだ。
 およそ十メートルほど向こうに、ポーラがバットを構えて立っている。
「もう一回! さあこーい!」
 当の本人はそんな事情など何も知らないような、元気な声で叫んだ。一度は投げ出したものの、アグニとの対戦を見てやる気を取り戻したようだった。なんとなくコツをつかんだのか、一回当たるようになってからはめきめき上達している。
 そして面白いのはかぶちゃんだった。ボールが飛んでいくと、それを走って追いかけ、そしてくわえて戻ってくる。こんなペットが欲しいと遥は思った。
 街道の向こうから歩いてくる影があった。ポーラの灰色の目がそれを捕らえる。
「あ。あのときのおじさん」
「本当だ……えっと、おじさんはよくないんじゃないかなぁ」
 アグニの後ろには二人の影がついてきていた。小さな体つきで、一瞬少年のように見える。だが、間違いなく大人だった。
「おうハルカ! 元気か!」
「うん」
「ポーラもいるよ」
 その後ろで、小さな男が二人、いたたまれなそうに立っていた。遥はなんとなく察した。とても逆らえる雰囲気じゃなかったのだろう。
「おいお前ら! 挨拶は大事だろう」
「は。――あっしはドニと申しやす」
「あっしはギー。お見知りおきを」
「どうだ。人手が足りないというから俺の子分を連れてきたぞ。存分に使え」
 遥は少し申し訳なく思ったけれど、しかたない。人が集まらなければ何もできないのだ。つまり帰ることもできない。手伝ってもらうほかなかった。
 遥はにっこり笑った。
「よろしく。手伝ってくれてどうもありがとう」
「へえ。お嬢ちゃんも大変でやすねえ。あのジョルジュにとっつかまっちまって」
 遥の笑みにとたんに渋いものが混ざった。まずは誤解をとかなければ、と思った。遥は男であることを伝える。もはや慣れたものだった。
「おっと。それは気づきませんで……」
「うん。いいよ」
「がっはっは! お前らもか! わからないもんだろ。ハルカが男だとは」
 アグニが笑う。慣れてはいるけれど、茶化されるとやっぱり嫌な気持ちになる。ポーラに一喝されていた。アグニは目を白黒する。それを見たドニ、ギーが目を見張る。アグニもこの少女にはかなわないようだった。
「まあお前ら、茶でも飲んでいけ」
 アグニはそう言って店の扉を引いた。リディアが聞いたら怒るだろうな、と遥は思った。
 案の定、リディアはぷりぷりしながら茶をいれに台所に立った。
 居間では非番のラングとジョルジュがくつろいでいた。本当なら練習に加わるところだが、ラングは仕事で疲れたと言い、ジョルジュは例のごとく肉体労働は下賎の者の仕事だと言ってきかなかった。
「何だ、本当に来たのか、馬鹿三人」
「何いいい! 連れて来いといったのはお前だろうが!」
 アグニの火山が噴火する。まだ傷口はふさがっていないようだった。
「アニキ……やっぱりでやんすか」
「こういうことだと思ったんすよねえ……」
 その後ろで、ひそひそとドニとギーはため息をついた。どうやら慣れているらしい。
 遥は指追って確認した。
「えーと? 僕、ジョルジュさん、ラングさん、リディアさん、ポーラ、ルルベールさん、アグニさんとドニさんとギーさん。うん、九人」
 これで一応メンツはそろったことになる。ポーラはもとより乗り気だし、ラングからはバックアップを得ている。ルルベールはよくわからないところがあるけれど、彼なりに面白いと思うところがあったのだろう。言葉少ないながらも、了承してくれた。今は工房にこもっている。
「何であたしが入ってるの?」
「え?」
 やっと九人そろったと、ほっとしたのもつかの間。湯飲みを並べるリディアは納得いかない、というようにかぶりを振る。
「もう、外ではしゃぎまわるお年頃でもないし」
「ぬう。それを言うなら、ワシも肉体労働は好かん! そういうのは下賎の者の仕事じゃぐふぉう」
 ジョルジュの尊大なセリフはパンチ一発で黙らされる。
「そ、そんな……それじゃ僕、困るよぅ」
 また人集めに奔走しなければならないのか。こうしていくうちに日はどんどん経過していく。いつ、帰れるのだろう。
「ね、ねえちゃん。頼むよ」
「イヤったらイヤ」
 ラングの頼みにも、彼女はつれない。
「あーあー。ダメだね! おじさんおばさんは」
 そこに現れたのがポーラだった。おじさんおばさんと呼ばれた二人は色めきたつが、関係ない、とばかりに、にまっと、いたずらめいた笑顔で近づいてくる。
「ポーラにいい考えがあるよ」
 本当に場をかき回すのがうまい。あまり期待せずに、遥は聞いた。
「何?」
「がぶちゃんがいるよ!」
「え」
「がぶちゃんがいるよ!」
 と、ポーラは繰り返した。足元では、何も知らないのだろう、がぶちゃんがいつものようにぐるぐると回っている。
『まわる? あそぶ、とぶ、よろこぶ』
 相変わらずがぶちゃんの言葉はよくわからない。実はあまり意味のない言葉なのかもしれない。
「で、でも……がぶちゃんって野球できるの?」
「できるよ! がぶちゃんだもの」
 答えになっていない。
 リディアがむくれながら反論する。絶対に納得がいかない、とばかりに。
「がぶちゃんにできるっていうんなら、うちのピピにだってできるわ! ねえピピ」
 ピピは恐れおののいたように震えた。冗談じゃないとその瞳が言っている。
 がぶちゃんは何も聞いていないのか、のんきに走り回っている。
『るるる。あそぶ、あそぶ』
 ポーラは何もかもわかっている、というようにわざとらしくため息をつく。それが余計にリディアを逆撫でさせていることに、本人は気づいているのだろうか。わざとやっているとしか思えない。
「おばさん。わかってないなー。ピピちゃんは嫌がってるじゃないの」
「アンタ、ピピばっかりかわいそうって。がぶちゃんは無理やりやらせてかわいそうじゃないの」
「がぶちゃんはやりたいって言ってるからいーの」
 リディアからしてみれば、無理やりな理屈にしか思えないだろう。でも言葉がわかってしまう遥から見たら、確かに筋は通っているように思える。
「ふふふ。下々の者よ、ご苦労なことである」
 ジョルジュが偉そうに顔を出す。
「あんたは強制参加」
「なんじゃと? ワシは肉体労働は好まん。そういったこと下賎の仕事は、肉体労働者に任せるのである」
 リディアの顔が、ポーラと接していたときとはまた違う、うんざりした表情になってきた。どちらかというと生理的に受け付けない嫌悪が表れている。眉間にしわがよっていく。
「あんたね……誰のせいでこんなことをしていると思ってるの! 頭にきた! こうしてやるわ!」
「だから、ワシよりリディアの方が向いているじゃろうに! こんな馬鹿力、違う方向で発散せい! あっ……痛い痛い痛い痛い! 止めるんじゃ……や、やめてください」
 リディアはジョルジュにつかみかかると、右腕を背中にひねりあげた。ジョルジュが悲鳴を上げて許しを請うも、彼女はその手を緩めない。
 遥は微妙な気分でこのやりとりを見ていた。
 魔王を倒して、元の世界に帰らなきゃいけないのに。遥にとっては、人生がかかっているというのに。ジョルジュにとっては罰ゲームみたいに強制参加。ポーラやがぶちゃんにとっては、遊び。
 こんなんで、いいのだろうか。
「あのう。リディアさん」
「何!」
 ジョルジュをふんじばる勢いのまま返事がきた。遥はひるむ。いや、これでひるんではいけない。一生がかかっているのだ。
 しゃくだけれど、ジョルジュの言っていることは正しい、と思う。貧弱なジョルジュよりも、明らかにリディアの方が向いている。
「僕……リディアさんに出てもらいたいんだけど……」
「えっ? なんで私?」
「お願いします。僕の人生がかかってるんです」
 遥は頭を下げた。このままではジョルジュが出場させられてしまう。しかし、追いかけられた時、遥ごときを捕まえられないのだ。とてもグラウンドできびきび動けるようには見えなかった。
 それに比べてリディアはきれいな身のこなしをしていた。ジョルジュを昏倒させたときの蹴り。今の極め技。どれもこれも、格闘技のお手本を見ているようだった。
 格闘技と野球は違うのはわかっている。でも、どうせなら運動が得意そうな人のほうがいい。
 リディアはため息をついた。そこまで頭を下げられて、断れる非情さを持ってはいない。
「……しょうがないわね」
「ありがとう」
 しかし、これで全てが終わったわけではなかった。依然ジョルジュは極められたままだ。リディアは手を休めようとしない。
 リディアは不敵に笑った。
「でもこのままこいつを放すのは納得いかないから、しばらく極められたままでいてもらおうかしら。ハルカ、悪いけど少し店番してくれる? 私の気のすむまで」
 リディアの邪悪な面が見えた気がした。かわいそうだけれど、遥にはそれを止める理由がなかった。
「う、うん」
「ポーラも行くー」
 そ知らぬ顔をしてポーラもついてくる。
「おう! それじゃあ俺らも帰るか! 邪魔したな!」
「どうも、お邪魔しましたー」
 この時が好機とばかり、アグニと二人の子分は立ち上がる。
 悪いなあ、と思いながらジョルジュを見ると、目が合った。かためられた姿勢のまま叫ぶ。
「ハァルカ! ワシの下僕なら助けんかい〜〜!」
 遥は聞かなかったことにして、そそくさとお店へと向かった。
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