●● 消えるマキュウ --- 七 ●●
ベンチ近くの内野席では、ピピとモモが観戦していた。席といっても、一面広い野原の脇に、まるで氷山の一角のように土からはみ出た巨石の上に座っただけの代物だ。
「『すとらいく』って何なの!? ハァ……もっと面白いものだと思ってたのに! よくわからないわ!」
愚痴っぽくなってきたモモにうんざりしながら、ピピは解説する。
『ハルカの投げた球が打てる場所に投げられているかどうか、っていう判定だな』
「そうなの!? ピピちゃん、すごいわね! いままでただの怠けうさぎだと思ってたわ!」
『……それは余計じゃないかなあ』
ピピの呟きを無視して、モモははしゃぐ。
「きゃー! ハルカちゃん、ステキー! がんばれ、がんばれ、ハルカちゃん!」
思わず耳を押さえる。甲高い声で声援を送るのは止めてほしい。せめて、もっと離れてくれ――と言いたいが、言ったところでモモは聞かないだろう。そういう奴なのだ。
一球投げたあと、なにやらもめているようだった。遥とラングがマウンド上で話し合いをしている。
「ルルー!」
ラングが手招きした。ルルベールがレフトから悠々と歩いてくる。
「今度はお話中? 何してるのかしら?」
『さあ……』
ピピはそらとぼけてみたが、ルルベールはピピの主、リディアの夫である。短からぬ付き合いなので、本当のところは少し見当がついていた。大方、細工でも仕込んだのがばれて呼び出されたのだろう。ルルベールは堅物に見えて、予想もしないところに茶目っ気を出すときがあるのだ。
話し合いは終わったようで、ようやく試合は再開した。
炎の魔球。しかし、先ほどのような勢いはない。
対する一番バッターは大柄のパワータイプだった。
大胆だ、とピピは思う。一番といったら、次につなげることを考え打率と足を重視した起用が多い。
しかし逆に考えると、一番という打席は一番多く回ってくる席なのだ。そこにエース級のパワーバッターを起用する、という考えはあながち間違いではない。より得点にからむチャンスを作ることができる。
今日のプレーヤーは全員この日のために、彼が呼び出したのだろう。ジョルジュとは違って、彼は優秀なのだ。
ただし、性格の捻じ曲がり具合はどっちも大差ないんじゃないか、と向こうのベンチを見ながら思う。
「ぼーる」
バッターはまたも見逃した。
『弱気だなあ』
さっきのボールは傍から見ていても、勢いがよすぎた。あのラングが吹っ飛ぶとは思わなかったからだ。しかし、それで恐る恐る投げているようじゃ、本末転倒だ。
遥のことだから、遠慮しているんじゃないだろうか。
続いて遥が構えて、投球した。
打者は狙いすましたように、フルスイング。かっ、と乾いた音がして、ボールはレフト方向に、高く高くあがっていく。
ルルベールの頭上を越えて、ボールは彼方へと飛んでいった。
「ほーむらん! ほーむら〜ん!」
審判くんがくるくると回っている様を、皆、呆然として見守った。
「……ハルカ!」
遠くから声がする。
遥は呆然とレフト方向を見送っていた。その手前に、打者が悠々とジョギングしながら回っている。それを意識的に視界から外す。空の上には、小さな太陽。
風の音がやけにざわついていて、何も聞こえまいと阻んでいるかのようだ。いや、これは心音なのかもしれない。何も聞きたくない。
「ハルカ! 大丈夫か!?」
いつの間にか声の主は、目の前に来ていた。
――竜之介。
いや、竜之介ではない。ラングだった。
初めて会ったときもそう、間違えたんだ、と思い出す。
「うん、大丈夫……」
そう言いながらも、視線を合わせないようにそらした。こんなとき、どんな顔をしていいかわからない。惨めな様を見られたくなかった。
「端的に申せば、気力次第だ」
ルルベールはそう言った。遥の心次第で、ボールは強くもなるし弱くもなる、と。だから初球は気合の一投で予想もしない力が出た。
その後はごらんの有様だ。ラングを吹っ飛ばしてしまい、遥は動揺した。
ラングを傷つけないよう少し力を抑えよう。そう思ってはみたものの、簡単に制御できるものではなかった。繰り出されたのは、とても平凡なストレート。そんな心の隙間にあっさりとつけこまれたのだった。
「あんなやつ! すぐにとっちめてやればいいの」
弾けるような声。いつの間にか一塁から駆けてきたのだろう、ポーラも隣にいた。
彼女の鼻息は荒い。その瞳からは、闘志が燃え上がっている。
「もうこっから零点に抑えて、あとはこっちが点数を入れればいいの! ハルカ、そのつもりで投げてね」
負けん気の強さは公美子を上回るんじゃないか、と遥は思った。思わず苦笑いが浮かんでしまった。
「おう! そうだよ! あんな奴に負けてたまるかよ!」
野性的な声がここに割って入る。アグニがサードからここまで来ていた。頭の火山も再噴火しそうだ。
「……うん」
帰るんだ。これに勝って。
ラングを気遣わないわけじゃない。でも、手加減はしない。手加減ができるほど、遥の実力はない。だから全力でいく。
その後はもたつきながらも、三人とも打たせて取った。サード方向へと飛んだ球は、アグニが文字通り体を張った。
遥はほっとした。しかし内容的にはあまりいい展開とは言えない。特に、打たせてとる、というのがすごく不安だった。打たれた球を見送るときはいつも心が痛む。
ばしっと三振で打ち取れればかっこいいのに。
みんなを信用していないわけじゃない。ただ、自分の力不足がありありとわかるのが悲しかった。
一回表、終了。一対〇。
攻守交替のためベンチへと走る。
ベンチには、監督のようにふんぞり返っているジョルジュが待っている。こんな状況で、あまり話をしたくなかった。できるだけ顔をあわさないように、ベンチの端を目指して走った。
そこへ冷たい一言が浴びせかけられる。
「ふん。お主もたいしたことないのう」
「ジョルジュ! そういう言い方はないでしょう」
リディアにたしなめられるも、ジョルジュの言葉はとどまるところを知らない。
「ワシは見たぞ。ハァルカ、手加減したな? そんな心持ちで勝てると思っているのか」
「……思ってません」
ジョルジュの言っていることは的を射ていた。それだけに、つらいと思った。
「切り替えていくように」
遥はこくりとうなずいた。声を出せば泣きそうなのがばれてしまう気がした。
◆◆◆
一回裏。
ピッチャーをしていた遥が今度は打席に立った。赤いヘルメットがまぶしい。
筋骨隆々の男から繰り出される球は、剛速球だ。球が速ければ早いほど、制球が難しくなってくる。言い換えると、ボール球が多いのだ。しかし、四球狙いで気を抜くとストライクが入る。そんなぎりぎりのバランスで彼の投球は成り立っていた。
遥は相手ピッチャーの球をよく見ていた。できるだけボールには手を出さない。そのうちに遥はスイングを諦めたのか、バントの構えで投球に望む。
なかなか状況判断できる頭もあるようだ、とピピは思った。あのスピードでは振り遅れてしまう。なら、当てるだけに絞って塁に出る方が賢いのかもしれない。
『なんで、ピッチャーなのに一番なんだろ』
ピッチャーは投げるのに体力を使うため、一番多く打席が回ってくるトップバッターは普通入らない。
「何言ってんの! これはハルカちゃんの試合なのに、ハルカちゃんが活躍しないでどうすんのよ!」
モモの言い草に、えー、と思ったが、実際はそんなところなのかもしれなかった。
働きうさぎは気楽だ。主が出ている試合も、見ているだけでいいんだから。遥のように活躍を期待されていないし、ラングのように将来を渇望されてもいない。
『おっ、打った』
打った、というよりボールがバットに当たった、という方が正しかった。軽い音が響いて、球は内野に転がった。突然のボールに驚いた相手ピッチャーは一瞬迷って、捕球が遅れた。その間に遥は一塁へとたどり着いていた。
『これは打ち合いになるなー』
付け焼刃なのだから当然のことだが、両チームとも守備が粗い。打つのに比べ、捕ることは技術がいる。バーズバルは、いかにエラーを少なくするかにかかっているといっても過言ではなかった。
『あー。飲み物が欲しいな。パナシェでも片手に、観戦したいねぇ』
「ピピちゃん……だから年寄りじみてる、なんてみんなに言われるのよ」
本当にイヤなことをずけずけいう人形だった。
『ちょっと、それはないんじゃない』
かちんときたので、ピピは初めてモモを正面から見すえた。たまにはがつんと言ってわからせなければならない。
その時だった。タイミングがいいのか悪いのか、ふわりと、空から人形が降りてきた。
その人形はモモに似ているけども、色調は黒で統一されている。
「あ! ミミちゃん!」
「暇だから、来ちゃった」
ピピの抗議は中断した。
ピエールの人形か。とピピはあからさまに嫌な顔をした。といっても人形に伝わるかどうかは怪しいものだが。
「よろしくね、うさぎさん」
人形も悪くないな、とピピは思った。
続いてのバッターはポーラ。やる気満々でバットを振り回している。
「さあこーい!」
『キキミミかぁ』
ピピはいまいちポーラのことを好きにはなれなかった。
あんな子供が、救世主とうたわれるキキミミだなんて。ピピにはにわかに信じられなかった。ただ文字通り「言葉を聞けるだけ」だ。全く、従獣の心がわかっているとは思えない。第一、自分の主をあれだけ悪し様に言われて、だれが好きになるだろうか。いや、ない。
ということで、ピピはご近所の従獣たちにこのことを黙っていた。そんなことを伝えたら騒ぎになるし、あんな子供が崇められることになるのは釈然としない。
「キキミミってなあに?」
黒服の人形――ミミがピピに聞く。
それはね、と得意げに耳を立てて教えようとしたら、モモに割って入られた。
「ミミちゃん! キキミミってのはね、あたしたちの言う獣使いのことよ! 人間はね、従獣の言葉がわからないから、それが聞こえる人のことをキキミミって言うんですって!」
「へえ、面白いわ!」
ピピは顔をしかめた。しかもその豆知識がミミに受けている。もともとはピピがモモに教えたことなのに。釈然としない。
「でも獣使いなんてイマドキ珍しいわね?」
「そうなのよ、ラングちゃんが――」
後は二人の雑談モードだった。こうなるとピピは入り込めない。バーズバルに集中しよう、とピピは耳を後ろへ寝かせた。
きいん、と景気のいい音が弾けた。
球は内野を抜けてライト前へと転がる。
『お。うまい』
遥はさすがに経験者だけあって、走り方を心得ていた。打球と同時にスタートを切り、あっという間に三塁へと進塁する。
しかしポーラはバットを捨ててからのモーションがスムーズではなく、そこが命取りとなった。
「あうと〜」
彼女がベースを踏む前に、打球は一塁のミットへと収まった。
「うちの主ったら、力のある人たちでそろえたみたいね。だから反応がイマイチなのよね。はねつきさんたちはなかなか素早いけれど、空じゃあやっぱり動きが遅いし」
隣の会話をピピの長い耳が拾っていた。そして勝手に納得する。どうやら相手側も完璧に対策しているわけではなさそうだった。なら、勝算はある。いくら力は強くても、召喚したばかりの寄せ集めチームよりも、チームプレーで連携を生かすことができれば、恐らくは。
続いて打席に立ったのはピピの主、リディアだった。
『大丈夫かなあ……』
あれだけしぶしぶ承知したような顔をして、その実はりきっている彼女を、ピピははらはらしながら見た。
「えいっ!」
気合をこめたフルスイング。しかし、派手に空振り。
「すとらーいく〜」
『ああ、見ていられない』
ピピは思わず目を覆った。
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